「心が2つに引き裂かれると、言ってましたね。ロシアにいれば日本を想い、日本にいればロシアを想う。胸が痛んで身体が2つに裂かれてもどうすることもできない。

 自分は罪を犯したという思いでいっぱいだと、自分を責めていました。美代子さんは再婚しただろうと思っていたから、帰らないことを決めた。

 再婚したと思い込んで確かめようとしなかった。どうしてあのとき日本と連絡を取らなかったのだろう。取る努力をしなかったのだろうと、そのことをとても後悔していました」

 鉄五郎氏の日本への帰国はエンマも苦しめた。最初の一時帰国のとき、鉄五郎氏は美代子さんから手編みのセーター、マフラー、手袋を贈られていた。荷物のなかにそれを見たエンマは、取り出すと鉄五郎氏に返し、力いっぱい背中を押した。

 そして「あなたは日本に帰りなさい!私たちのことはいいのよ!」と泣きじゃくったという。

「もう自分の夫ではない」
戦争で引き裂かれた夫婦の悲劇

 ニーナは両親の気持ちをできる限り推し量ろうとしていた。