ただ、いつもイライラしていて過去を悔やんだり、「なぜ自分の思いはこうも理解されないのか」と、変えようもない世間の批判や中傷に憤っていた。

 先の見えない暗闇の中にいるような心境だった。

 目の前には何も見えず、一点の光もない。怒りや憎しみ、そして「なぜ俺がこんな目に遭わなければならないのか」という被害者意識があるだけだった。

 心身ともにボロボロになり、体も壊した。高いときには血圧が200近くまで上がり、ストレス性の気管支喘息から難病指定にもなり、手術まで行った。

 自分の名前をいうことも、顔を出すのも嫌だった。外出時には目出し帽をかぶり、顔がわからないようにしていた。

 とくに、自分の名前は絶対に口に出したくなかった。ネットを検索すれば、私を誹謗中傷する記事や書き込みが、たくさんヒットするだろうからだ。

 そんなみじめな日々を、私は過ごしていた。

 さらには、ショックを受けた次女が高校受験に失敗した。「私の人生を狂わせたのはお父さん」とまでいわれたが、これはさすがにきつかった。

 このように、「マスコミで叩かれた失敗者」という十字架を背負わされ、私はずっと社会的な制裁を受けてきた。