書影『なぜ東大は男だらけなのか』(集英社)『なぜ東大は男だらけなのか』(集英社)
矢口祐人 著

 果たして他の東大の女性教員が中根と同じように感じていたかどうかは、記録がほとんどないため確認できない。しかし当時のキャンパス環境で成功するには、中根のように女性というアイデンティティを捨象し、東大のタテ社会に入る以外の選択肢を想像するのは困難だったのではないだろうか。

 中根が助教授、教授に昇格したのはまだ田辺貞之助(1963年退官)、中屋健一(1971年退官)、尾崎盛光(1977年退官)らが現役で活躍していた時代である(編集部注/いずれも女性学生の能力と意欲に批判的な東大教授の面々)。そういう環境において大学と研究界の序列を昇っていくには、他者として女性である立場を主張するより、他の男性教員と自分が等しくタテ社会の構成員であるという意識を抱き、そのルールに従う方が軋轢も少ないし、はるかに効率的でもある。

 しかしそのタテ社会とは、いみじくも尾崎盛光が述べたように「建物、設備も、教科内容も、先生の心がまえも、ほとんどすべて男性専用の大学であった」戦前の系譜をそのまま受け継いだ男の社会であった。東大のタテ社会の「中核にある主要な制度」は男性の価値観に深く根差したものであった。