一方、情報番組などでは、「文春と松本氏側で水面下の交渉があったのでは」といった推測が流れています。しかし、すでに裁判に入っているのに、被告と原告が裁判所を介さず無断で接触することはあり得ません。あくまでも裁判所を通して和解案が練られ、文春側も「早期決着しないと、判決が思っているほどいい方向にならない」などと言われた可能性があります。

 しかし、水面下で話し合って双方に利益があったなどという評論や、「文春は十分売れたから、もういいと思ったのでは」といったコメントは、週刊誌の現場を知らない者の言葉です。記者は「こんな和解では証言者に申し訳ない」と、相当抵抗したはずです。少なくとも、私たちがいた時代の週刊文春はそうでした。

裁判に「秘密協定」は存在する?
文春側にもあった手痛い落ち度

 ただ、「慰謝料が出なかった」というコメントが本当かどうかには疑問があります。

 私も現役時代に、裁判を取り下げさせたことがあります。山崎拓・元自民党幹事長の愛人問題に関する裁判でしたが、国会での醜聞疑惑質問に対しては「裁判をしているので裁判で明らかにする」と答弁しながら、一向に本人が出廷しませんでした。裁判長が声を荒らげて「山崎先生は国会で『裁判所で明らかにする』と言っているではないですか」と強く言い放ったのを見て、弁護士が「この裁判は負ける」と判断、取り下げを通告してきました。しかし文春側も、私も含めて刑事告訴まで受けていたので、簡単には取り下げを認めるわけにはいきません。

 そこで「山崎氏は、複数人の前でこの記事について否定的な言葉を言ってはならない」という趣旨の誓約書を裁判所に提出することで、取り下げに合意しました。つまり、秘密協定は存在し得るのです。実際にはある程度の慰謝料を支払い、しかしそれを公表するとまた証言者がSNS攻撃を受けるので、「金銭授受はなかった」とお互いが口裏を合わせるという誓約を結んだ可能性もあります(これは全くの想像ですから、もし間違っていたら証言者の女性には失礼な発言になってしまうので、お許し願えればと思います。しかし、この程度の和解では被害者の心は癒やされないと思っているからこそ、そう考えました)。

 また、文春側のミスも指摘しなければなりません。編集幹部がYouTubeに出演して「直接的物証はない」などと発言してしまったことです。この迂闊な発言が松本氏のコメントに利用されました。もともと記事には「女性は飲み会で携帯を取り上げられた」と書かれています。そういう意味で録音が存在しないことは、松本氏側もわかっていたはずです。

 しかし、物的証拠とはそれだけではありません。被害者が直後に友人に被害を語っていた録音が残っていれば、物的証拠になり得ます。裁判とは、今後どんな決定的な証拠が出てくるかのせめぎ合いなのだから、裁判官とは「物的証拠もあり得ます」というくらいのやりとりはできたはずなのに、幹部の発言でそれができなくなりました。「証言者だけで判断しなければならないから、どんな判決になるかわからないよ」という早期終結の言い分を、裁判所側にあげてしまったようなものです。