訴訟の取り下げでは済まない
松本氏と吉本興業の前途多難

 しかし、問題はこれからです。裁判を取り下げたからといって、松本氏がそのまま許されるわけではありません。まず、不同意性交を告発する記事はいくつも出ました。裁判はそのうちの一つの記事だけを対象にしています。では、他の被害者に対してどのように説明するのか、記者会見をするのかどうか。このまま、あのような適当なコメントだけで芸能界に復帰できるとは、今のメディア事情を見る限り思えません。

 また、弁護士と一緒になって「女性の名前を明らかにしろ」と裁判所に要求したことも問題です。実際にその人なのかはわかりませんが、個人名を晒された人物もいました。この人物に対して、どう謝罪するのか。これは松本氏だけでなく、吉本興業全体にも言えることです(吉本興業はファンに対して、最低でも「個人を特定する行動はやめてほしい」というコメントは出すべきでした)。

 私は以前の記事で、「吉本興業は裁判所の心証が悪い」と書きました。島田紳助氏(暴対法絡み)、宮迫博之氏、田村亮氏(闇営業、しかも振り込め詐欺師たちのパーティーに参加)、そして松本人志氏(不同意性交)――。コンプライアンスという言葉はあまり好きではありませんが、世の中の常識、「これは悪事である」という標準をまったく意識しないタレントたちが続々と出てきます。

 松本氏の騒動でも、当初は報道自体を全否定するというあり得ない対応でした。訴訟を取り下げたからといって、すぐ復帰はあり得ません。松本氏には少なくとも「1年以上の謹慎」といった処分は必用でしょう。また、吉本の全社員、全芸人たちに対するコンプライアンスの徹底策、再発防止策の説明も必用だと思います。

 いずれにせよ裁判所は、今回の件で、裁判の早期終結、世間における不同意性交罪の認知という2つの目的は達成できたわけです。

【参考】松本人志氏裁判に関する過去の執筆記事

松本人志氏の提訴に元文春編集長が警鐘「これは相当厳しい戦いになる」
https://diamond.jp/articles/-/337738

「松本人志論争は間違いだらけ」元文春編集長が明かす、週刊誌の実情と言い分
https://diamond.jp/articles/-/338831

松本人志氏の弁論準備手続きが、決定的な敗北につながりかねない理由
https://diamond.jp/articles/-/345297

星野仙一の鉄拳制裁と松本人志問題、時代遅れの「芸風」はなぜ延々と生き続けるのか
https://diamond.jp/articles/-/347119

(元週刊文春・月刊文藝春秋編集長 木俣正剛)