1994年、当時人気絶頂だったダウンタウンを「GEISHA GIRLS」としてプロデュースするも、思うようなセールスに結びつけられなかった坂本。そんな中、同時期に「WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント~」を大ヒットさせていた小室哲哉と対談しているのだが、そこで坂本はかなりの本音をぶっちゃけている。本稿は、佐々木敦『「教授」と呼ばれた男――坂本龍一とその時代』(筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。
当時人気絶頂だった
ダウンタウンをプロデュース
『Sweet Revenge』のリリースから1カ月後の94年7月、フォーライフ/gütから謎のアーティストがデビューした。その名はGEISHA GIRLS。だが、シングル「Grandma Is Still Alive」を聴き始めた瞬間に誰なのかわかるし、そもそもその正体は最初から日本全国に知れ渡っていた。GEISHA GIRLSとは、漫才コンビ、ダウンタウンの変名だった。人気テレビ番組『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の観覧席に坂本龍一が居たことを松本人志がトークでネタにして、世界のサカモトにプロデュースしてもらって全米デビューしよう!とぶち上げ、あれよあれよという間にニューヨークでのレコーディングが実現、GEISHA GIRLSが誕生した。出来すぎた話だが、事実だという。
「電子芸者」をジャケットにあしらった『YELLO MAGIC ORCHESTRA』US盤から15年の月日が流れていたが(まだ15年しか経っていなかったのかと驚くが)、浜田雅功と松本人志がキモノを着てゲイシャに扮するのは明らかにYMOのパロディである。
「Grandma Is Still Alive」では、荘厳なシンセをバックにダウンタウンの漫才が延々と続く。やがて強烈なテクノ・ビートが登場し、2人の声がサンプリングされて繰り返される。この時期、坂本龍一はダウンタウンに急接近し、テレビで一緒に漫才を披露したりもしていた。ダウンタウンが司会の音楽番組『HEY! HEY!HEY!MUSIC CHAMP』の第1回放送(1994年10月)にも出演している。
GEISHA GIRLSは1995年6月にアルバム『THE GEISHA GIRLS SHOW――炎のおっさんアワー』をリリースしている。ヒップホップ、ボサノヴァ、ジャングル(ドラムンベース)、アヴァンギャルドなど、さまざまな音楽スタイルが入れ替わり立ち替わり現れるヴァラエティに富んだアルバムだが、小林克也のナレーションから始まり、曲間にダウンタウンのコントが挟まる構成は、小林がメンバーだったスネークマンショーとYMOの『増殖』も思い出させる。