ホーリーの夜にわが家のジープが盗まれたニュースは、時を移さず友人知人に知れ渡った。ネットもSNSもない時代だから「クチコミ」だが、その反響は凄まじく、わが家には大勢の友人たちが続々と「盗難見舞い」に駆けつけてくれた。

 見舞いの内訳は、「車泥棒に遭うなんてお気の毒に!さあさあ、使っていないうちの車を持ってきたから、自由に乗ってちょうだい!」そう言って実際に車を持って来てくれた人、6人。

「ここは治安が悪い。引っ越しなさい」と、すぐに住める物件を探してくれた人、4人。

 警察の偉い人を紹介してくれた人、8人。

 車がどこにあるかを占うために占い師(タロットとダウジング)を連れて来た人、2人。

 日本ではあり得ないような「熱い」リアクションである。インド人のあまりの熱さに、車を盗まれた私たちのほうが次第に冷静になり、「まあまあ、落ち着いて」と逆に相手をなだめていたのはおかしな話だった。

「袖の下」を要求してきた
悪徳インド人警察官

 盗難事件の当日から、それまで「通い」で来ていたドライバーがピタッと来なくなった。

 この人は、いつものドライバーが急病で休んでいるあいだの「つなぎ」に雇った仮の運転手。「短い付き合いだから」と、相手のことをよく調べなかったのがいけなかった。

 彼が車泥棒だと言い切れる証拠はどこにもないが、彼ならスペアキーも作れたし、状況から見て、残念ながらその可能性は高いと思う。

 不幸中の幸いでジープには保険がかけてあり、盗難に遭った場合には、車輛代金の全額が返って来ることになっていた。しかし、ここからが本当の至難の始まりだった。

 車は夫名義になっていたので、彼が近くの警察署へ盗難届を出しに行ったところ、担当者は長期休暇中で、1カ月後にならないと出勤しないという。ずいぶんいいかげんな警察だと憤慨しながら、待つこと1カ月。休暇から戻った担当官がようやくわが家に来て、現場検証(の真似事)をして帰って行った。

 それからまた、長い時間が経った。同じ担当官から「盗難証明書ができた」という連絡がきたので、夫が警察署へ出向いたところ、なぜか「署の建物の中ではなく、裏の駐車場で会おう」という指示。この時点で、すでに怪しすぎる。とりあえず安全を確保しながら言われたとおり駐車場へ行くと、担当官は証明書を差し出しながら小声で言ったそうだ。

「この紙切れ1枚と引き換えに、キミは保険屋から大金を受け取れる。それは、本官の署名がしてあるからだ。つまり、本官の署名にはそれだけの価値があるってことだ。そうだろう?だったら、せめて車輛代の5分の1ぐらい、本官に分け前をくれないかな」