やってきたのは三鹿百貨店の役員
明かされた神崎さんが退職したワケ
次の日もまた次の日も、神崎さんの元同僚と名乗るサラリーマンが、連日数人で大小の菓子折りを持って現れ、NISAとiDeCoの契約をしていった。絶望的だった目標との乖離が、日に日に狭まってきた。
「今日も神崎さんの元同僚の方がお見えです。応接室でNISAの契約手続き待ちですが、ごあいさつされますか?」
「うん、教えてくれてありがとう」
背広を羽織り、名刺入れの中の枚数をチェックし、応接室に入り、菓子折りをいただいたお礼をする。名刺交換を行い、相手が三鹿百貨店の役員であることを知る。
「私は若い頃、外商部で神崎さんの後輩でして、本当にお世話になったんです。当時、神崎さんは一人で豊丸グループの取引を高熊屋百貨店から全てひっくり返してきたんですよ」
「大手商社の豊丸通商ですか?」
「はい。豊丸さんとは今でもメインでお取引をいただいてます。他にもたくさんのお客さんを開拓され、外商部は何年も安泰でした。でも、神崎さんが辞めるとは思ってもいませんでした」
「体調でも崩されたんですか?」
「私ら百貨店は業界再編で合併したんですが『店舗は伊予柑百貨店が残り、三鹿ばかりが閉店する』とか『伊予柑のほうが給料がいい』とか、厄介なイザコザがありましてね」
「銀行も似たようなもんです」
「神崎さん、人がいいもんだからいつも間に挟まれ、苦労されてました。体を壊されて、早期退職の呼びかけに手を挙げたらしいです。私はズルい人間だったんで、のらりくらりといつも逃げていました。今日は久しぶりに神崎さんの元気そうな姿を拝めて、昔の良かった頃を思い出しました」
「それでここ何日も、三鹿伊予柑の社員の方がいらっしゃってたんですか」
「神崎さんがお困りだと漏れ聞こえてきたので、微力ですが助太刀に参上しました。みんな、神崎さんを慕っている者ばかりですよ。いざ鎌倉ならぬ、いざ横浜ってね。神崎さんが困っていても、こんなことぐらいしかできないですもん、我々は」