神崎さんの立ち振る舞いは、前職の経験が活かされている。こうしたセカンドキャリアの生き方に心底から感心した。一方で、私はこれまでやってきたことを、今後の余世に活かせるのだろうか。薄っぺらいものだと、恥ずかしい思いがよぎる。

 みなとみらい支店の接遇応対スキルは極めて高かった。話を聞けば、神崎さんが着任してから格段に雰囲気が変わったらしい。「生きる手本」が身近にいる組織は、他と全く異なってくる。

ゴディバを持って来店した
神崎さんの前職時の同僚

 2月下旬。年度末まで残り1カ月と迫り、店内はピリピリしていた。支店業績が思わしくなかったからだ。しかも、窓口が担っているNISAとiDeCoの新規契約件数が、絶望的に足りなかった。

「努力が足りないんじゃないですかねえ。いくら我々が収益を上げたって、水の泡ですよ」

 外回り中心の取引先課が、ここぞとばかりに攻撃してくる。窓口担当の課長代理が返す。

「努力?みんな頑張ってますよ!」

 窓口もロビー担当もみな、必死に来店客に勧誘のチラシを配り、声を掛けていた。

「頑張っているかどうかは、自分で言うもんじゃない。我々はプロなんだから、結果が全てじゃないか?できていない以上、頑張っているとか言わないでもらいたいな」

 吐き捨てるように言う副支店長の顔を睨みながら、課長代理が唇を噛んでいた。

 それから数日後、バックヤードでロビー担当が行員にチョコレートを配っているのを目にした。

「ゴディバじゃないか。この箱詰めは結構なお値段だと思うけど、どちら様から?」

「神崎さんの前の会社の同僚の方が立ち寄られ、みなさんにとのことです」

 たまに、来店客から菓子折りなどをいただくことがある。ただし、癒着や不正の原因となるので、融資の申し込みを受けているお客からは贈答を受けてはならない。取引先課長や副支店長は、取引先企業を不定期に単独で訪問し、代表者や経理部の担当者に会い、部下たちがそういった不正に手を染めていないかチェックしている。

「その方、NISAとiDeCoを契約して下さったんですよ」

「えっ?そりゃあありがたいなあ」

 つい、心の声が出てしまった。

 ところが、話はそれで終わりではなかった。