「目黒課長さん?ですよね。ようこそいらっしゃいました。私、庶務行員の神崎と申します。お役に立てるよう頑張りますので、何でもお申し付け下さい。まだ誰も出勤してませんので、通用口を開けますね」
「いや、掃除を手伝いますよ」
「とんでもないです!課長さんにそんなことをやらせるわけには…」
ほうきとちり取りの奪い合いになって、お互いの顔を見合わせ笑う。この人はいい人だとすぐに分かった。
「昨日、木枯らし1号でしたよね。この辺りは街路樹の落ち葉が吹きだまりになるんです。ほら、自動ドアだからATMコーナーまで落ち葉が吹き込んできちゃって」
「じゃあ、私はATMコーナーを片付けますね」
ATMに入った。夜になると、ATMの画面はお菓子のカスや手垢で脂ぎっており、足元はゴミだらけ。翌朝の開店時もそのままで幻滅することがよくある。しかし、この支店はまるで違った。画面もその周辺も、すでにピカピカに磨きこまれている。
「神崎さん、この支店は私が今まで勤務した中で一番きれいですよ。驚いたなあ」
「そんなあ!お世辞でも嬉しいですね」
顔をクシャクシャにして笑う姿が魅力的だった。私は行内に入り、業務に備えた。
支店長と見まがう立ち姿
神崎さんの前職を知って納得
「開店5分前となりました!今日も元気よく、笑顔でお客さまをお迎えしましょう!」
入り口のシャッターの方から、高らかな声がする。声の主を確認して驚いた。ブレザー姿の神崎さんだったのだ。作業着から着替えたその立ち姿は凛として、この人が支店長なのかと間違えても不思議ではないほどだ。その声を聞く窓口の担当者にもスイッチが入ったようだ。一気に緊張感が上がった。
「開店します!」
神崎さんの掛け声とともに、ゆっくりとシャッターが上がり出した。その光景は、厳かな宮中の儀式でも見ているかのようだった。
私は前任者との引き継ぎを始めた。人事のファイルに目を通すと、神崎さんに関する資料があった。神崎さんは、銀座に本店を構える老舗の三鹿百貨店で外商部に勤務していた。
三鹿をはじめ多くの百貨店は、江戸時代に呉服店として創業していた。店には御用聞きと呼ばれる人がおり、お客の家を訪ねセールス活動を行っていた。その流れで、ほとんどの百貨店では外商部を設置し、神崎さんのような人が富裕層の顧客や企業を訪問し、さまざまな商品をセールスしている。
「それで、あんなにしっかりしているのか…」