久しぶりに九州の実家に帰省したところ、近所に大きな工場ができて、人員募集をしていることを知ったA。以前から地元に戻りたいと思っていたこともあり、転職しようとするが、会社から「そこに転職するなら退職金は出せない」と言われてしまった。同業他社への転職とはいっても、自分の仕事内容を考えれば、業務上の秘密を漏らすなどといった心配はありえないのに……「同業他社への転職は退職金出しません」は、どんな場合でも正しいのだろうか?(社会保険労務士 木村政美)
都内にあるせんべいやあられなど米菓を製造・卸売販売している会社。従業員数は300名。
<乙社概要>
AとBの転職先。関西地方に本社がある大手食品製造会社で甲社とは同業他社に当たるが、商品の販売エリアは異なる。今年、九州地方に大規模な工場を構え業界では話題になっている。
<登場人物>
A:専門学校卒業後、甲社で機械オペレーターをしている。25歳。
B:Aの中高時代の友人。お互い仕事が忙しく、最近は疎遠になっている。
C:製造課長でAの上司。35歳、独身。
D:総務部長で人事・総務の責任者。
E:甲社の顧問社労士。
地元に食品製造工場ができて、中高時代の友達が働いているらしい
9月中旬、遅い夏休みを取ったAは2年ぶりに九州の実家に帰省した。その日の夜夕食を一緒に食べていると、母親が思い出したような口調で言った。
「そうそう、今日のお昼、野菜の品出し中に、突然B君にあいさつされて驚いちゃった。しばらく見ないうちに立派になっちゃって……」
「へーっ。Bとはしばらく会っていないなあ。それで彼と何か話したの?」
「『元気で仕事やってんの?』って聞いたら、『自分の家の近くに食品製造工場ができたので、僕、10月からそこに転職します』だって。それとね、働く人が全然足りないからまだ社員募集してるとも言ってたわ。あなた前からここに戻りたがってたでしょ。B君に連絡してみたら?」
Aの父親は5年前に他界、5歳違いの兄は2年前に結婚し、現在は仕事の都合でバンコクに住み、実家で一人暮らしの母親は近所のスーパーでパート勤めをしている。今はまだ元気だが将来のことが心配だし、都会暮らしにも疲れ、いずれは実家に戻ることを考えていたAは、Bに転職の話を聞きたいと思い、ラインを送った。
「久しぶり。かーちゃんに聞いたけど、転職先で社員募集してるってホント?」
「俺が面接を受けたとき、人事部長さんから『まだまだ人が足りないから、仕事してない友達がいたら誘ってよ』って頼まれた。Aさん、こっちに戻りたいなら一緒に働こうぜ」
AはBから転職先の会社である乙社の連絡先を教えてもらい、2日後、人事部長との面接を経て機械オペレーターとして採用されることになった。