「Aは競業避止義務に違反しているから退職金を不支給にする」は通るのか

 翌日の夕方。甲社を訪れたE社労士に事情を説明したD部長は、

「会社の規定通りにすることで、私の言い分は間違ってないですよね?」

 と念を押した。E社労士は

「要するに『Aさんが競業避止義務に違反しているから退職金を不支給にする』ことですよね。この件は『Aさんの転職がそもそも競業避止義務に違反しているか』と『競業避止義務に違反していた場合、退職金を不支給にできるのか』の2つの面から見る必要があります」

 と言った。

<競業避止義務とは>
○従業員の競業避止義務とは、企業と雇用契約を締結している者(従業員)が契約期間中または契約終了後の一定期間内において競合する事業への従事(同業他社への転職や、競合する事業を行うこと)を禁ずることをいう。
○企業が従業員に競業避止義務を求める理由は、顧客情報や事業ノウハウなどの営業秘密を保護することで競争力を維持し、利益を守るためである。
○雇用契約で競業避止義務が明記されている場合、(入社時などに誓約書を取る場合が多い)従業員はその制約に従う必要があり、違反した場合、企業は就業規則に基づいた懲戒処分や法的措置(競業行為の差し止め請求、損害賠償請求、退職金の一部または全額の返還請求)を取る可能性がある。

「当社では正社員で入社した場合、社員から競業避止義務を守る意味で誓約書を取りますし、就業規則にも同様の記載があります。それに退職後同業他社に転職したり同事業を行った場合退職金を不支給にすることも就業規則に書いています。だからA君の場合、競業避止義務に違反したとして、退職金不支給はOKですよね?」
「待ってください。会社で競業避止義務を定め、社員から誓約書を取ったり就業規則に明記があっても、必ずそれが認められるとは限りません。在職中に副業する場合と同じではないので、注意してください」

<雇用契約終了後の競業避止義務>
○競業避止義務には合理性が求められるし、内容は明確かつ適切に設定される必要がある。雇用契約の存続中と同じ条件での競業避止義務を認めるものではない。
雇用契約を終了後、過度に制限的な内容は、職業選択の自由(憲法22条・個人が自らの意思に基づいて職業を選ぶ権利)を阻害するものとして無効とされる。
○会社が設ける競業避止義務が適用されない例
・就業禁止が過度に広範囲であったり、適切な期間や地域が定められていない場合
・従業員の専門性やスキルセットが業界全体で一般的であり、機密情報の保護に特段の必要性がない場合(看護師など)
・従業員が適切な補償(金銭や待遇など)を受け取っていない場合
○競業避止義務に違反するかしないかは、具体的な状況や契約内容によって異なるので個別に判断する。