Aは転職しても競業避止義務違反にならない

「わかりやすく説明すると、退職後の従業員に競業避止義務を負わせるには、対象者(例えば一定の役職以上、直接機密情報を扱う者、営業・企画などの職種など)禁止期間(期間が長すぎるのは無効になる可能性が高い)転職先の地域(全国など広範囲を対象にした場合はその根拠が求められる)などを明確かつ適切に定める必要があります」
「すると、A君の場合はどうなりますか?」
「Aさんの場合は、乙社に転職しても競業避止義務の対象にならないと考えられます」

<Aが転職しても競業避止義務違反にならない理由>
○甲社と乙社は共に米菓を製造するメーカーだが、両社の商品販売エリアは異なっており競合性が少ないこと。
○転職先でも従来と同じく機械オペレーターとして勤務するため、機密情報を扱う者に該当しないこと。
○Aの格付けは一般社員であり、管理職ではないこと。

「わかりました。当社では単に正社員全員に対して競業避止義務を負わせていたので、経営陣を交えて早急に対象者や範囲の基準を決めたいと思います。もう一つ質問ですが、きちんとした競業避止義務規定を作成し、それに違反した場合、退職金を不支給にすることは可能ですか?」

就業規則で競業避止義務規定を作成した場合、違反者の退職金を不支給にすることは可能か

<退職金制度の概要>
○退職金は、従業員が退職するときに雇用主から支給される金銭のことをいい「退職手当」または「退職功労金」ともいう。
○退職金は就業規則などに「支払条件」「支払時期」「支払金額(支払金額の計算方法)」などを定めている場合、労働基準法による「賃金」に該当するため、従業員に対して全額払いの義務が生じる。
○退職金の法的性格は、(1)賃金の後払い(2)会社への貢献度(勤務年数・退職理由・業績など)による報奨(3)退職後の生活保障費 がある。どの性格により退職金を支給するかは企業によって異なる。
<退職後の競業避止義務違反と退職金の不支給>
○退職金の全額払い義務が生じる場合でも、競業避止義務違反により退職金を不支給、もしくは減額する、支給後に返済させることは可能だが、そのためには次の条件が必要である。
(1)就業規則にその旨の記載があること。
(2)退職金を不支給、もしくは減額、返済扱いにするだけの合理的な根拠があること。
具体的には、競業避止義務違反の内容が「勤務の功労を認めないほど著しい背任行為や信義則に違反するものであるか」「会社が実際に被った損害の程度はどのくらいか」などで判断される。
○実際は、就業規則に明記があっても、退職金の法的性格により不支給もしくは減額、返済を可能にする基準はかなり厳しいとみるべきである。

 E社労士のアドバイスを受けたD部長は、翌日Aに対して競業避止義務違反による退職金の不支給を撤回し、自己都合退職の計算に基づき支給することを伝えた。また、競業避止義務の基準を明確にするため、甲社長の意見を聞きながら変更案を作成し、退職金規程の見直し案と共に、後日E社労士に内容を確認してもらうことにした。