「人を挑戦へと踏み出させる、ある存在がいます」
そう語るのは、著書『先生、どうか皆の前でほめないで下さい』がベストセラーになるなど、メディアにも多数出演する金間大介さんだ。金沢大学の教授であり、モチベーション研究を専門とし、その知見を活かして企業支援も行う。
その金間さんが「働くすべての人に届けたい」との思いで書き下ろした新作が『ライバルはいるか?』だ。社会人1200人に調査を行い、世界中の論文や研究を調べ、「誰かと競うこと」が人生にもたらす影響を解き明かした。挑戦する勇気を得られる内容に、「これは名著だ!」「もっと早く読みたかった!」との声が多数寄せられている。この記事では、本書より一部を抜粋・編集して、「ある男子大学生の恋のエピソード」を紹介する。
人が恋に落ちる瞬間
突然で恐縮だが、皆さんは誰かが恋に落ちる瞬間を見たことはあるだろうか?
僕はある。
まさにひとりの青年が「落ちる」瞬間を目撃した。その瞬間、周囲が急に暗くなり、雷光のフラッシュとともに雷鳴がドドーン!
……とはならず、むしろ無音で、周囲の雑音を飲み込むように落ちていった。いや、あれはどちらかというと「落ちる」というより、「浮く」に近い。まるでそこだけ重力がなくなったかのように。
そんな風に恋に落ちた彼の名前は、上野くん(仮名)。上野くんは同級生に恋をした。しかも僕の目の前で。
よって僕はその相手を知っている。目の前で見たので知っている、ということではなく、ある程度の人柄も含めて知っている。なぜ僕がその女子学生(仮にMさんとしよう)のことを知っているかというと、Mさんは上野くんとともに僕の講義を受けていたから。
通常、大学の講義では、席は後ろから埋まっていく。次いで人気なのは両サイドだ。この辺りは講義が始まるだいぶ前から埋まっていて、顔ぶれも大体同じになる。そんな中、Mさんは講義室の真ん中、やや前方に座っている。友だちと一緒ではなく、ひとりで。教壇に立つ僕の目線でいえば、右手前方あたり。教壇と「桂馬の位置」といったら将棋をご存じの人はわかりやすいだろうか。
一方、上野くんの定位置は、前後でいうとちょうど真ん中あたり。当時使っていた教室には、両サイドの中央に梁のような出っ張り(試験監督をするとき見回りの邪魔になるやつ)があって、上野くんはそのすぐ横にいた。僕の目線でいえば、左手奥。僕が真っすぐ教壇に立つと、ちょうど視界から切れる位置だ。学生たちはそういうことをよく知っている(でも教授側も、学生がよく知っていることをよく知っている)。
ある日、異性から話しかけられて
上野くんは当時、僕と同じ学部の所属だったので、僕らは以前から知り合いだ。講義はその学部内で開講されていたため、教室内のほとんどは同じ学部の同級生(と、一部の再履修生。つまり去年単位を取れなかった学生たち)だ。
一方、Mさんは他学部の所属だ。あえて「他学部履修」の登録をして、僕の講義を受けに来ていた。よって上野くんとMさんは、もともと知り合いではない。
そのMさんが、僕の講議後に上野くんに話しかけるのを見た。僕はその内容を聞き取れる距離にいなかった。でも間違いなく、上野くんは僕の視界の中で「落ちた」。いや、「浮いた」。
明らかに上野くんの体温がおかしくなっている。このときの上野くんをサーモグラフィで見たら、絶対真っ赤だ。いや、紫かも。事実、上野くんは話をしながら、セーターの袖を肘の上までまくっていた(上野よ、そんなことをしたら袖口が伸びるぞ)。