恋のライバル、現る
ここからが本題だ。
その夏、上野くんに強力なライバルが現れた。
いや、もしかしたら、もともと存在していたのかもしれない。ただ、その存在が判明したのが、大学の前期が終了する間際である7月下旬だった。
同じく僕の講義を受けている上野くんの同級生が、たまたま街中でMさんを見かけた。そのこと自体に違和感はないが、問題はその状況にあった。
Mさんは男性と一緒だった。
しかも、その男性はスーツを着ていた。
その情報を聞いただけで、上野くんは「俺、今日昼メシいらない」と言い出す始末。にもかかわらず、その心優しい同級生はさらにもう1つ、衝撃の目撃情報を付け加えた。
「Mさん、たぶんスカート穿いてた」
Mさんは女性だ。よってスカートを穿いていても何の問題もない。だが僕たちは、このことを別の事実と組み合わせて検証しなければならなかった。
以前、上野くんはMさんと食事をした次の日、僕にこう言っていた。
「先生、Mさん、昨日もジーンズだったんですよ」
昨日も。ということはつまり、Mさんは上野くんとのデート(Mさんはそう思ってないかもしれないが)で、連続してジーンズを穿いてきたということだ。上野よ、エスカレーターの次はジーンズに無限の宇宙を感じるか。
「偶然だろ、バカじゃねーの」と笑い飛ばしてやりたいところだが、その感性、絶妙に正しい気がしてならない。
僕たちは講議後、さっそく教室内で戦略会議を開いた(金間は本当にちゃんと講議をやっているのだろうか)。議案は当然、そのスーツ男だ。当の上野くんは、もはや昼メシどころか水さえ飲めないほど狼狽している。あと一撃で幽体離脱しそうだ。恋に「浮いた」あの日は、もはや遠い昔。
僕たちはそんなさまよえる魂を現世に留めるべく、合理的な解釈を試みる。
「Mさん、インカレのサークルに入ってるかもしれないから、そっちの先輩とか?」
「きっと田舎から出てきたお兄ちゃんだよ」
「確かMさんには男装が趣味の女友だちがいるって聞いたことあるよ」
そんな遠回りな気づかいを「合理的風」に積み重ねる僕たちの中で、正直さがウリの朴とつ男子が無残な一撃を放つ。
「そんなわけないじゃん。彼氏に決まってるって。スカートだよ、ひらひらスカート」
直後、上野くんは幽体離脱に成功した。