ライバルの出現と恋の終わり

 白状しよう。
 正直なところ、当時の僕の目から見て、上野くんに勝算はあまりなかった。

 僕は自分の講義を介して、Mさんのことも見ている。何度か簡単な会話もした。だからわかる。きっとMさんは、この先も上野くんのことを好きにはならない。僕のそんな考えは、やんわりとオブラートに包みつつ上野くんに伝えていたし、上野くん自身も、エスカレーターとジーンズから十分予想できたと思う。

 でも、その夏、上野くんはリスクを取った。
 自分がレンタカーを借りるから、一緒に海に行こうとMさんを誘った。高校時代の同級生が海の家でアルバイトしているから、遊びに行こうと。学校帰りにご飯を食べて帰るのと比べると、明らかに一歩踏み出した誘いだ。

 しかしMさんは断った。
「この夏休みは色々とやることが多くて忙しいから」
 事実、その数日後にMさんは僕の研究室に来て、夏のインターンシップについて助言を求めた。上野くんのことなど何もなかったように。

 前期最後の講議の後、友だちのひとりが上野くんにこう言った。

「お前、それは一気に行き過ぎだろ。普通、まずは付き合ってる人がいるかどうか確認するでしょ」

 上野くんはこう答えた。

 「いや、それを訊くってことは、もう告白してるのと同じじゃん。だったら告白した方がいい」

 上野よ、いいこと言う。ちょっと前まで幽体離脱してたくせに。

恋に敗れた上野くんの「その後」

 最後に、読者の皆さんと考えてみたい。
 上野くんのこの行動は失敗だったのだろうか。

 上野くんは、その後もMさんのことを忘れなかった。3年生になり、希望通り金間ゼミに入った彼は、卒業まで彼女を作ることはなかった。

 ライバルが現れなかったら、彼はこんなに傷つくことはなかったかもしれない。でも僕は、そんな上野くんに明らかな成長を感じていた。残酷な言い方になるのかもしれないが、ライバルの出現が、上野くんを成長させた。

 上野くんは、オープンで、裏表がなく、無邪気で、自分の心に正直な青年だ。それは逆に言えば、物ごとに対してストレートだということでもある。
 だから上野くんは、自分が思ったことは何でも口にするところがあった。たとえそれが誰かを傷つけるような可能性があっても、「それは言うべきでしょ」というのが上野くんの感覚だった。

 そんな上野くんに思いやりが加わった。一言で表現するなら、正論より共感を優先するようになった。
 見た目も性格も高校生みたいだったくせに、その夏を経て、少し大人になったように感じた。明らかに今の方が魅力的で、カッコいい。
 これは恩師としての僕の願望が入っているかもしれないが、これから上野くんは、前よりもずっと一人ひとりを大切にしながら過ごしていくんじゃないかと思う。

ライバルが、人を動かす

 上野くんを動かしたのは、明らかにライバルの存在だった。
 友だちでもなく、先生でもなく、ましてや好きな人でもなく、ライバルが現れたことで上野くんの人生は変わった。

 ライバルは残酷だ。
 見たくないものを見せられ、決めたくないことの決定を急かされる。強制的に僕たちに「現実」を突きつける。

 でも、
 ライバルこそ、人を動かす。
 ライバルこそ、人を大きく成長させる。
 ライバルこそ、あなたの人生を豊かにする。

 僕にはそんな確信がある。

(本稿は、書籍『ライバルはいるか?』の内容を一部抜粋・編集して作成した記事です)