アリゾナ大学の学生を対象としたカードゲームを使った実験において、対戦相手がコロラド大学か、アリゾナ州立大学かで、学生たちの挙動が異なることを発見した(To et al. 2018)。

 アリゾナ大学の学生たちにとって、アリゾナ州立大学は同じ州にあるライバルであり、コロラド大学はその他の一大学に過ぎない。そのことをよく知るアリゾナ大学の学生は、対戦相手がアリゾナ州立大学の帽子をかぶっていたとき、心臓の鼓動が速くなっていたという(ちなみに、その帽子は実験者が設定したダミーだった)。

 さて、ここまでは、ライバルの効果としてはポジティブな話だ。心拍数が上がるのも、相手がライバル校であればやむを得ないだろう。

 しかしそんな気持ちが「何が何でも勝ちたい」という領域に入ってくると黄信号がともる。

強過ぎるライバル意識が
人をダークサイドへ引きこむ

 ここからは、そんな「ライバルの闇」とも言えるような証拠を示そう。
 中でもKilduffらによる一連の研究は秀逸だ。

 プロサッカーリーグの膨大な試合数を対象とした分析によると、ライバルと目されるチームとの試合では、平均より多くのイエローカードが出ていた(Kilduff et al. 2010; Kilduff et al. 2016)
 オハイオ州立大学の学生を対象とした実験では、長年のフットボールのライバルであるミシガン大学の学生に対して、他のどの大学の学生よりも多くのウソをついていた。無論、フットボールとは全く関係のない状況においてである(Kilduff et al. 2010; Kilduff et al. 2016)
 勝利至上主義に陥った学生は、学びを優先する学生よりも、学業上の不正に手を染めやすくなる(e.g. Anderman and Midgley, 2004; Murdock et al. 2001)

 実際はまだまだあるが、気が滅入ってくるのでこの辺にしておこう。これらはすべて、ライバルに勝ちたい、あるいは勝たなければいけないという気持ちが強くなりすぎて犯してしまう反則たちだ。

 昨今の日本では、あまり聞かなくなった話だなと思うかもしれない。だとしたらそれは、第2章で書いた通り、多くの場面において競争環境を緩和、あるいは排除してきた効果だ。

(本稿は、書籍『ライバルはいるか?』の内容を一部抜粋・編集して作成した記事です)