「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』。「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。この記事では、本書より一部を抜粋・編集します。
やっていることは正しいのに、今ひとつパッとしない原因は「タイミング」
マーケティング・コンサルタントのジェフリー・ムーアが提唱した「キャズム」のコンセプトを取り上げ、ライフ・サイクル・カーブにおける「タイミングの問題」について考えてみましょう。
経営戦略を議論する際には、よく「WHAT=何を?」や「HOW=どうやって?」という論点に焦点が当てられがちですが、実は「WHEN=いつ?」という論点は前者と同等、いやそれ以上に重要です。
個人にも組織にも「やっていることはそれほど間違っているわけではないのに、今ひとつパッとしない」ということはよく見られますが、概して「タイミング」が悪いというのが原因であることが少なくありません。
キャズムのコンセプトは、この「タイミング」という問題を考えるにあたって、好適なフレームワークを提供してくれるのです。
図を見てください。これは、先述したライフ・サイクル・カーブに則って、市場がどのようにして新しい概念や商品を受け入れるかを図示したものです。それぞれの顧客像は次のように整理されます。
イノベーター(約2・5%)
新しい技術や製品に興味があり、リスクを恐れず積極的に取り入れる層
アーリーアダプター(13・5%)
先見性があり、新しい製品が持つ可能性を評価し、自らの利点になると判断すれば採用する層
アーリーマジョリティ(34%)
実績を重視し、他者の成功を確認した上で採用する保守的な層
レイトマジョリティ(34%)
安定を好み、周囲の多くが利用してから採用を決める慎重な層
ラガード(16%)
最後まで新しいものを避ける、伝統的で保守的な層
市場や社会は、一様に新しく登場した商品・サービス・概念を受け入れるわけではありません。まずは、新しいものに抵抗感の少ないイノベーター層によって採用と受容が進み、時間をかけて順繰りに、少しずつ保守的な人々へと浸透していき、やがて社会全体へと浸透することになります。
キャズムとは、この浸透プロセスの初期段階において、特にアーリーアダプターとアーリーマジョリティのあいだ、市場浸透率で16%前後のところに存在する「溝」のことです。
なぜ、この「キャズム=溝」が重要かというと、ここを超えると市場が一気に拡大する、と考えられているからです。
2割を超えると、いっきに変化が起きる
少し横道に逸れますが、このキャズムは、マーケティングにおける市場浸透以外の、はるかに広範な領域に適用できる射程の長い概念だと思います。
例えば企業変革の際、新しいビジョンや戦略コンセプトを、企業全体に一気に浸透させようとしてもなかなかうまくいかないことが多いものです。
このようなケースで重要なのは、変革に前向きな1割程度の人々に働きかけ、彼らをつなぎ合わせ、言うなれば「変革ネットワークの密度」を高めていくことが重要なのです。そして、この密度が、組織全体の2割程度を超えたとき、一気に全社的な組織変革のムードが高まるというのが、私の経験です。
システムの変化は時間と比例的に起きるわけではありません。この「2割の壁を超えると一気に変化が起きる」というのは、さまざまな領域において観察されるということは念頭に置いておいて良いと思います。
「キャズム前」に参入したヤフー、楽天、サイバーエージェント
キャズムを超えたプロダクトやサービスが、そこから一気に世の中に普及するということは、「キャズムの直前のタイミング」を捉え、そこで勝負に出た組織や個人は、非常に大きなアドバンテージを得ることになります。この点について具体的に考察するために、日本におけるインターネットビジネスの歴史を振り返ってみましょう。
図を見てください。これは、日本におけるインターネットの世帯普及率の推移を示す統計グラフです。
この図によると、日本では1996年からインターネットが普及し始め、キャズムとされる16%を超えたのが1999年だった、ということになります。
このキャズムのタイミング以前に参入を果たしていたインターネット企業を挙げると
1996年:ヤフージャパン
1997年:楽天
1998年:サイバーエージェント
の3社となります。
「日本を代表する」という枕詞をつけて語られるネット企業の3社が、共に「キャズムの直前」に市場参入を果たしているのは偶然ではありません。これらの企業は「市場が爆発的に拡大する直前」に市場参入を果たしたからこそ、後発で参入した企業と比較して、はるかに優位な状況で事業基盤を築くことができたのです。