「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』。「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。この記事では、本書より一部を抜粋・編集します。

物理的な立地(どこにいるか)を変えないと、不幸なまま
人生の経営戦略を考えるとき、物理的な立地、つまり「どこにいるか」という問題は、「持続的なウェルビーイングの実現」に大きく影響してきます。
これは非常に感覚的な話になるのですが、私は、人には、人それぞれの「その人が最もその人らしくいられる場所」というのがあるのではないか、と思っています。
ここからは個人的な話をします。私は東京生まれの横浜育ちで、大学を卒業して就職してからはずっと東京の世田谷周辺に住んでいました。付近は高級住宅街と呼ばれるエリアで、世間一般からすれば、いわゆる「良い暮らし」をしているように見えていたと思います。
しかし、私自身は年を追うごとにひどくなっていく不定愁訴にずっと悩まされていました。
当時の日記を読み返してみると「人生の何を修正したらいいのかわからない」というコメントが残っていますから、それなりに深刻だったのかもしれません。
いまから考えてみれば、当時の私は、私自身が心から望んでいたものではなく、世間一般に「良い」とされるもの、成功者の証とされるものを、それこそロールプレイングゲームのアイテムのように、ひとつまたひとつと獲得していただけのように思われます。
そんな日々を過ごしていたある時、ふと「海のそばに住む」ことを思いつき、袋小路になっている自分の人生を変えるためには、もう「これしかない」と直感的に思うようになったのです。
通常、こういった大胆な転居では、何年もの時間をかけてリサーチして行き先を決めるものだと思いますし、実際に私も周囲からそのような忠告やアドバイスをもらいましたが、私自身は、その直感が絶対に正しいという確信があったので、そのような周囲の声は一顧だにせず、思い立ってから数週間後には現在の住まいである葉山の土地を見つけて引っ越してしまいました。
こうやってあらためて書いてみると我ながら思い切ったことをやったものだと呆れますが、今となっては、あのタイミングで移住して本当に良かったと思っています。
このとき以来、私は、それまでずっと続けてきた「土日のどちらかを必ず仕事に使う」という習慣を完全に止め、子どものスポーツや家族のイベントや地元のコミュニティの仲間との集まりに使うようになりました。
当然ながら、コンサルティングファームの中の評価や立場には好ましくない影響が現れるわけですが、こちらとしては「子どもと過ごす時間の方がクライアントや上司と過ごす時間よりはるかに大事だもんね」と割り切っているので何とも思いません。
結局はこの転機が、やがては「外資系コンサルティング会社のパートナー」という立場を捨て、「独立研究者・著作家・パブリックスピーカー」という新しい立場への移行へとつながっていくことになったのです。
こういったことは、友人や知人を見ていてもあるようですね。
ニューヨークのマンハッタンにある弁護士事務所に勤めて数億円の年収をもらっていた弁護士の友人がいました。彼は、会うたびに「辞めたい、辞めたい」と愚痴を言いながら、その高給ゆえに楽しめる享楽的なマンハッタンのライフスタイルがどうしても捨てられずにいたのですが、そんなある日、友人から誘われたアパラチア山脈を縦断するトレイルに参加したのだそうです。
アパラチアン・トレイルは最短コースでも一週間はかかるロング・トレイルです。超絶的に多忙な生活を送っていた彼が、よくもそんなトレイルに参加したものだと思いますが、本人にも何か予感めいたものがあったのかもしれません。
結果は、果たせるかな、秋の紅葉に染まる美しい山々を山頂から眺めたある瞬間に、彼はしみじみと「自分がいるべき場所はマンハッタンではなく、ここだ」と確信したのだそうです。
その後、彼はそのマンハッタンの弁護士事務所を退職し、アパラチア山脈にある弁護士事務所に転職して、現在は主に環境問題に特化した弁護士として活動しています。当人曰く「年収は1/10になったけど全く後悔はない」ということで本当に幸福そうに人生を楽しんでいるので、まあ良かったのでしょう。
私の場合にせよ、彼の場合にせよ、共通しているのは、どこがその人にとって最適な場所なのかは先見的にはわからない、ということだと思います。
私はたまたま訪れた葉山の土地柄に魅せられ、弁護士の彼は友人から誘われたトレイルで自分のいるべき場所を見つけています。これはつまり、何が言いたいかというと、今いる場所から動いて、色々な場所を見てみないと、自分の立地は見つけられない、ということなのです。