安倍晋三元首相や桐生選手も罹患
原因となっている抗体の正体

 有名人にも、故安倍晋三元首相をはじめ、潰瘍性大腸炎であることを公表している人は多い。陸上の桐生祥秀選手は、大学2年生のときに発症。病気を告知された際には「引退」を覚悟したという。病状が悪かった時期には休業していたが、現在は完全復帰し、2024年にチェコで開催された室内60メートル大会では日本新記録を樹立した。

 一方、ロックバンド・SPYAIRの元ボーカル・IKEさんは2022年、バンドの公式サイトで脱退を表明した。掲載されたコメントでは、入院を経て潰瘍性大腸炎が一度は寛解したものの再燃。通院しながら日常生活に差し支えない日々を送っているが、「この病気はいつ完治する、といったものではなく付き合っていくものです。そんな中でボーカリストとして音楽活動を続けていくことは難しい」と悲痛な想いを綴った。

もはや国民病の「潰瘍性大腸炎」に光明、“100年の謎”解き、治療法を探り当てた医師たちの嗅覚とは京都大学 医学部附属病院 消化器内科 助教 塩川雅広(左)、同大学院 医学研究科 客員研究員 桒田威(右)

 2021年、「根本的な治療法はないため、病気と一生付き合って行くしかない」状況に希望の光が差した。塩川医師、桒田威(くわだ たけし)医師ら京大のチームが潰瘍性大腸炎の原因となっている抗体を発見したのだ。

 その名は「抗インテグリンαvβ6自己抗体」。この抗体が、大腸上皮細胞の表面にある「インテグリンαvβ6」と、その足場となる「フィブロネクチン」という2つのタンパク質の結合を妨げ、結果、大腸のバリア機能を破綻させて潰瘍性大腸炎を発症させるのだという。この抗体は、潰瘍性大腸炎の患者の約92%が持っているが、他の疾患の患者の血液中にはほぼ存在しない。

「潰瘍性大腸炎は、体の防御システムである免疫反応が誤って自身の体を攻撃してしまう自己免疫疾患です。そこで我々は、免疫システムの誤作動によって生まれた『抗インテグリンαvβ6自己抗体』が、大腸の粘膜を覆っている細胞を攻撃することが、この病気の正体なのではないかと考えました」(塩川医師)

 塩川医師らは、この研究成果をもとに、国内トップの抗体診断薬メーカーである株式会社医学生物学研究所(MBL社)との協力、及び「国立研究開発法人日本医療研究開発機構 医療分野研究成果展開事業 産学連携医療イノベーション創出プログラム」の支援を受け、まずは病気を正確かつスピーディに診断できるキットを開発した。なぜなら病状を正しく把握しなければ、的確な治療を始められず、また指定難病に対する医療費の助成も受けられないからだ。

 キットは22年に研究用途での使用が可能になり、今年25年からは薬事申請をして販売へ。26年には保険適用を受けて広く普及させることを目標としている。