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人手を割いて高水準なサービスを提供してきた日本企業だが、今や深刻な人手不足によって変化を迫られているという。スーパーで袋詰めや宅配便の無料の再配達といった、私たちが当たり前だと思っていたサービスは今度消えていくだろうと人気アナリストは予測する。本稿は、坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
技術革新によってすべてが
解決されるわけではない
市場の競争環境が変化してくれば、財・サービスの価格の構造も変動していくとみられる。そうなれば、これまで日本経済が長く経験してきたデフレーションの構造が転換し、物価は持続的に上昇していく局面に移っていくと予想できる。
価格の動向を占ううえでまず重要になるのは、企業のコスト構造がどう変わっていくのかという点である。この点、労働市場がひっ迫して賃金水準が上昇することで人件費が上がっていけば、企業はそのコストを商品やサービスの価格に転嫁せざるを得なくなる。
自動化技術の発展によって省人化が進む中で、その一部はイノベーションによって吸収されることになる。
しかし、技術革新には一定の限界がある。多くの領域で人手ほどの優秀なロボットは見つかっておらず、科学技術がすべてを解決してくれると思うのは幻想である。
企業による生産性上昇で吸収できないコストの増加分は商品価格に転嫁され、その負担は消費者が負うことになる。そうなれば、今後もサービス物価を中心にコストプッシュによる物価上昇は進んでいくことになるだろう。
企業の価格戦略に関係するのは、その企業が直面するコスト構造だけではない。企業が商品やサービスの価格を引き上げることができるかどうかは、その商品やサービスが属している市場の集中度に依存する。
つまり、競合企業が多く、少しでも価格を引き上げれば他企業にシェアを奪われてしまうような市場環境下においては、企業は価格を引き上げることを避けるだろう。
一方で、安い価格でサービスを提供する事業者が撤退することで市場の競争環境が緩めば、生き残った企業はその価格を積極的に上昇させることが可能になる。
これまで日本の物価が持続的に下落してきた背景に、価格が上がらないことが当たり前だとする企業や消費者の慣習やその期待の偏りを掲げる議論は多い。
物価は継続的に上昇し
緩やかなインフレが続く
確かに、バブル期において、右肩上がりで経済成長をしていた時代の慣性に流される形で過剰投資を行った過去の経験を踏まえれば、近年において、物価は上昇しないことが当たり前という過去の慣習にさまざまな経済主体が影響されたという側面はあったと考えることもできる。
しかし、低い賃金水準で大量の労働力を確保できる労働市場の環境が価格の安いサービスの提供を可能にした側面があったということもまた事実だろう。
あるいは、その結果として生産性の低い企業の退出が遅れることで企業の新陳代謝がうまく進まず、市場が競争的になっていたということも、企業が価格を上げられない根本的な要因としてあったはずである。