フランスのパリ第一大学およびパリ高等師範学校の経済学者のダニエル・コーエンは、今日の富裕層の夢は、質的には貧困層の夢と変わらないと指摘しています。20世紀までの富裕層は経済的に豊かになるだけでは満足できなかったし、経済的な豊かさだけでは、社会的に尊敬されることもありませんでした。そのため、公共の道路を建設したり、芸術家を支えたり、慈善活動を行ったりしていました。

今日の富裕層が失った
社会に貢献する義務

 これは、ノブレス・オブリージュと言われ、日本語では、「位高ければ徳高きを要す」に当たるものです。経済力や政治力、あるいは社会的な影響力が強い人は、自分自身の得になることだけでなく、社会に貢献する義務があるという考え方です。

 しかし、今日の富裕層の間ではこのような考え方は見られなくなり、富さえあれば満足するようになっているとコーエンは指摘しています。これも責任が自己責任のみに矮小化していることを反映していると考えられます。

 そして自己責任ばかりを強調すると、社会の分断が大きくなる可能性があります。再分配はますます条件つきになり、その分配は小さくなっていきます。もちろん、苦境に陥ってしまった人たちに対する再分配を多くしようと頑張るNPOやボランティアの従事者、行政の人や政治家たちも出てきます。

 一方、自己責任が強調される社会では、再分配を多くしようと活動すると、それは、困窮にあえぐ人たちの自律する力を低く見積もってしまう懸念もあります。特に再分配を受けられるか否かの境界では、「この人たちは、不幸な境遇にあったために、現在の苦境は彼ら彼女らがどうしようもできなかったことの結果である」と主張することになります。

 そうでなければ、再分配を受けられないからです。その主張はもちろん善意ですが、ある人たちをサポートするために、その人たちの自律性や主体性を極めて小さく見積もることにつながります。