「ある調査によると、遊び心で手を出しても、覚せい剤の依存症になるのは15%程度だといいます。人間は飽きっぽい。目くるめく快感といっても、依存症に陥る人は限られていることが想像できます」
ではなぜ、医療の支援が必要なほど、アルコールを含め薬物の依存症に陥ってしまうのだろうか。
「すべての依存症が当てはまるとは言えませんが」と前置きし、松本医師は「自己治療仮説」という、米国の研究者が提唱した依存症の深層心理を解説する。
「なぜ、自分で抑止がきかず飲酒してしまうのか。根底には子供時代のつらい体験があるのではないか。自分の中にずっとあるつらい体験、それを薬物が緩和してくれる。
つまり依存症の本質は薬物から得られる快感ではなく、人が内に秘めた苦痛の緩和なのではないか。薬物依存の患者さんと向かい合っていると、『なるほどそうだ』とこの説にうなずけます」
顕著な例を挙げれば、子供時代に受けた虐待やDVやネグレクト等、心的外傷の苦痛。それらを薬物で紛らわし、一時的に苦痛を遠ざける。薬物依存症者にそんな心理が横たわっているとするなら、薬物を抑止できない理由もうなずける。
厳罰化よりも自助
治療は継続がすべて
覚せい剤等の薬物に対する厳罰制度にも、松本医師は批判的である。
「薬物依存症者の拘束は意味がありません。厳罰化は薬物使用を隠すことにつながり、患者の医療へのアクセスを妨げます。2023年6月、国連人権高等弁務官事務所は『薬物問題の犯罪化は当事者を孤立させ、医療とのつながりを断ってしまう。排斥されている人たちが、ますます偏見にまみれ、社会の片隅に追いやられてしまう、即刻やめるべきだ』と、声明を出しました」
厳罰制度に一石を投じるかのように、松本医師たちのグループは、2006年にSMARPP(スマープ)というグループ治療のプログラムを考案した。2016年には診療報酬加算の対象になっている。
このプログラムの主眼は、患者の多くが自助グループにつながることを目的としている。