レプリカントの未来像
死者との共存は可能か
テセウスの船は、対象が船や生命のないものならば楽しい思考実験で、大きなリスクはない。船のアイデンティティはつきつめれば結局、人間が決めればいいことだ。だが、対象が人間となるとこの問題はリスクが最大になる。ほとんどの人にとって、自分の横に立っている人が、愛する人なのか、あるいは説得力のある見世物として置かれた哲学的ゾンビなのかは大問題だ。
私たちがつくることのできるAIアバターのひとつのタイプは、<レプリカント>(映画「ブレードランナー」から言葉を借りた)と呼ぶもので、見た目、言動、記憶、スキルは故人のもので、私が「アフターライフ」と呼ぶ状況下で生きている。
アフターライフ・テクノロジーは複数のフェーズを通過して進歩する。そうしたシミュレーションのもっとも原始的なものは、私が本書を執筆する7年前から存在している。
2016年にアメリカのメディアネットワークのTheVergeが注目すべき記事を発表した。ユージニア・クイダという若い女性が、ロマン・マズレンコという死んだ親友とのテキストメッセージによるやりとりを、AIに入力して、彼をAIでよみがえらせたというのだ。私たちが生むデータが増えるにしたがい、個人の再現はより忠実になる。
2020年代の終わりには先進AIが、生きているようなレプリカントを生成できるようになるだろう。ソースとするのは、故人に関する数1000枚の写真や数100時間の動画、数100万語に及ぶテキストチャットの単語、興味や習慣などのくわしいデータ、故人を覚えている人々へのインタビューだ。人々の反応は文化的、倫理的、個人的理由が混ざるものになるだろうが、望む人がそのテクノロジーを利用できるようになるのだ。
AIが超えられない人間性
「不気味の谷」
この世代のアフターライフ・アバターはきわめてリアルだが、多くの人にとって<不気味の谷>の問題は残るだろう。レプリカントの言動は故人に似ているが、まだ微妙な違いがあり、それゆえに故人を愛する人は落ちつかない気持ちにさせられるのだ。
このステージのシミュレーションは「あなた2号」ではない。単に人の脳にあった情報をなぞって再現しただけで、情報を形成する構造を再現したものではない。これが理由で、汎原心論の見方では、その人の主観的意識は復活させていないことになる。それにもかかわらず、多くの人は重要なプランや事業を継続するために、宝物のような思い出を共有するために、残された家族の癒しのために、このシミュレーションを価値あるツールとして利用するだろう。