ほとんどの場合、レプリカントの体は仮想現実(VR)か拡張現実(AR)上に存在することになるが、2030年代後半にはナノテクノロジーを利用して、実際にリアルな肉体をもつこと(つまり、説得力のあるアンドロイド)も可能になるだろう。

 2023年時点で、この方向の進歩はごく初期にすぎないが、すでに注目すべき研究は進んでいて、それが基礎となり次の10年に大きなブレイクスルーが起きるだろう。アンドロイドの機能について言えば、私の友人のハンス・モラベックが約40年前に指摘した課題に直面している。その課題は現在、「モラベックのパラドックス」と呼ばれている。

 つまり、大きな数の平方根を解くことや、大量の情報を記憶することなど人間にとってむずかしい知的作業は、コンピュータには比較的簡単だ。その反対に、顔を認識するとか歩くときにバランスをとるなどの人間にとっては努力もいらない脳でおこなわれる作業がAIにはとてもむずかしいことなのだ。

 その理由として有力なのは次の説だ。後者の機能は、脳のバックグランドで動作するもので、数1000万年、数億年をかけて進化してきたものだから、コンピュータが獲得するのはむずかしい。一方、高次な認知機能を動かしている大脳新皮質は、私たちの意識の中心であるが、だいたい現在の形になったのはわずか数10万年前にすぎない。

「不気味の谷」を超えた未来
進化するAIとレプリカント

 それでも、ここ数年でAIが指数関数的に強力になっていて、モラベックのパラドックスに対しても驚くべき進歩を見せている。

 2000年にホンダの人型二足歩行ロボットのASIMOが、平らな床面をころぶことなくきわめて慎重に歩いてみせて、専門家をうならせた。だが、2020年までにボストン・ダイナミクス社の人型ロボットのアトラスが、障害物コースでほとんどの人間よりもはるかに機敏に走り、ジャンプし、宙返りをした。ハンソン・ロボティクス社のソフィアとリトルソフィア、エンジニアード・アーツ社のアメカは、人間のように見える顔で感情を表すことができる。彼女らの能力はときにメディアで大げさに報道されるが、進歩の軌道に入っていることはまちがいない。