「障害者が嫌いなんだよ!」
火に油を注いだ職員の言葉

「こんなところにいたくない!ホームに帰る!」

 Aさんの馬乗りの難を逃れたキコちゃんは、作業所に入って自分のバッグを手に出てくると、そのまま走り出そうとした。

「もうすぐ送迎だから」と、私がそれを押しとどめた。

 そこにAさんがやってきて、こう吐き捨てた。

「おれは、障害者が嫌いなんだよ!」

 この一言で、キコちゃんが完全にキレた。

「障害者になりたくてなったんじゃない!」

 彼女は激情的に喚き散らした。

「みんな障害抱えてここにいるんだ!そんなこと言ったら可愛想じゃないかぁ!」

 作業所内に入り、手当たり次第に物を投げつけた。それだけでは物足りず、椅子を蹴飛ばし、机をひっくり返し、他の利用者の肩まで強く叩いた。

「やめなさい!」

 スタッフの怒号が飛んだ。

「あのAが障害者は嫌いだって言ったんだよ!」

 キコちゃんはAさんを呼び捨てにした。

「おお、そう言ったよ!」

 Aさんが勢いよくキコちゃんに迫ってきた。が、興奮のあまり次の言葉が出てこない。「だから……」と言ったまま、押し黙ってしまった。

物を投げつけるのは
障害の特性なのか?

 キコちゃんがうずくまって泣き始めた。スタッフや他の利用者は、その背中を無言で見つめるだけだった。殺伐として切ない空気が所内に流れた。

 T作業所が作成したキコちゃんの個別支援計画書の一文が、ふと頭をよぎった。

〈気分の波が激しく、物を投げつけたりの物品破壊に及ぶこともあるため、傾聴によって気分を落ち着かせる……〉

書影『知的障害者施設潜入記』(光文社新書)『知的障害者施設 潜入記』(光文社新書)
織田淳太郎 著

 あたかも物品の破壊が、障害の特性のように書かれていた。しかし、障害それ自体は先天性、後天性を問わず、ある意味で自然なものである。障害の特性も自然発生的なものだが、その特性に良くも悪くも色を付けるのは、私たち「外部」の人間なのではないか。

 何度も読み返した障害者権利条約の前文の一節も、脳裏をかすめた。

〈障害が、機能障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用であって……〉

 まるで謎が解けたような想いだった。

 このとき私は、キコちゃんだけでなく知的障害者すべての障害特性が、「マジョリティ」と呼ばれる私たち多数派によって作り出されていることを、緩やかに悟った。