心のいまのあり方を教えてくれる「草取り」

観音禅寺観音禅寺(滋賀県) 投稿者:omiceltis [2024年9月1日]

 草取りは苦サ取りのぞく修行なり 苦を取りみればさとりなりけり

 これは「仏教タイムス賞」の受賞作品。竜王観音で知られる観音禅寺(滋賀・竜王町)は1200年ほど前に開かれたという古刹です。講評は以下の通り。

「草(苦サ)取りのぞく修行」は容易ではないが、一つのことをやり遂げればやがて光が見えるもの。この道の先駆者、周梨槃特(しゅりはんどく)のエピソードを思い起こします。また黒板に白墨という掲示もどこか懐かしい。

 講評にある周梨槃特(しゅりはんどく)とは、お釈迦さまのお弟子さんです。周梨槃特の兄である摩訶槃特(まかはんどく)は非常に優秀でしたが、周梨槃特は自分の名前も覚えられないほど記憶力がなかったそうです。そうなると、当然お釈迦さまが説く教えを覚えることもできません。周りの弟子たちからは兄と比べられ、笑われる存在になっていました。

 周梨槃特はその状況に耐えられなくなり、僧侶をやめることを伝えます。そのときお釈迦さまは、「自分が愚かだと分かっているだけで素晴らしいことだ」とまず伝えました。そして、掃除が好きだった周梨槃特にほうきを与え、毎日「塵を払い、垢をのぞかん」と唱えながら掃除をするようにおっしゃったのです。

 周梨槃特は言われたとおり、毎日まじめに掃除をし、その期間は数十年にも及びました。赤塚不二夫のキャラクター「おでかけですか、レレレのレー?」が口ぐせの「レレレのおじさん」のモデルであったとも言われています。

「塵を払い、垢をのぞかん」。掃除をしながらその言葉をずっと繰り返していたところ、ある日落とすべき本当の汚れとは、心の汚れだと悟りました。そのとき、煩悩を滅して阿羅漢果(あらかんか)の悟りを得たと伝えられています。

 家の中はいくら掃除しても、少しさぼるとすぐにほこりやごみが溜まります。これと同じように、心の中にも常に垢が溜まっていくのです。掃除という作業は、ある意味退屈なものですが、心のいまのあり方を教えてくれるものでもあるのです。