
三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから紐解く連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第169回は、勝者総取りの世界を読み解く「カタカナ2文字」のキーワードを解説する。
世界の富を独占するのは誰か?
サイコロ勝負で上場銘柄を選択して時価総額100兆円を目指す勝負で、主人公・財前孝史は藤田家の御曹司・慎司にリードを許す。序盤で時価総額がとびぬけて大きい上位銘柄を押さえれば圧倒的優位に立てるため、知識より運が勝負の行方のカギとなる。
時価総額争奪ゲームはスタートダッシュが肝心だ。上場企業の時価総額は極端な偏りを持つ「冪分布」という性質を持っているからだ。以下、カタカナでベキ分布と書く。株式市場は、この耳慣れない統計的本質を内包している。ざっくりと理解しておくと投資や経済を見る目が深くなる。
身長や体重、テストの点数といったデータは正規分布に従う。日本人男性の身長なら、約170センチという平均値近辺に多くの人が集まる。185センチ以上は1%以下、2メートル以上は10万人に数人というレベルのレアケースだ。平均値前後のデータが全体を規定するので、極端なケースは例外と考えて良い。
一方、ベキ分布は極端なデータが全体を決定的に左右する。典型例は富の分布だ。世界不平等研究所(World Inequality Lab)によると、上位0.1%が世界の富の2割を握り、占有率は上位1%で4割、上位10%で4分の3に達する。下位50%の人々は富の2%しか持っていない。ベキ分布的世界では、「平均的」は意味をなさない。
ネットのトラフィックも「勝者総取り」のベキ分布的世界だ。利用者が多いSNSほど人が集まり、いったん過疎化したSNSにはもう人は戻らない。一部の人気YouTuberやアルファブロガーは大手メディアをしのぐトラフィックを集める半面、ほとんど誰も見ないサイトやチャンネルは星の数ほどある。
日本企業も「ベキ分布」の世界

日本企業の時価総額もベキ分布的世界だ。トップのトヨタ自動車は2月末で約42兆円と1銘柄で約5%を占め、上位10銘柄の占有率は2割強に達する。この性質は普遍的で、財前と慎司がゲームに挑んでいる過去の時点でも、恐らく今後も変わらない。株式市場は富の偏りを映す鏡だからだ。
この性質を知れば、幅広い分散投資の重要性が腹に落ちる。30年前と今では時価総額上位はかなり入れ替わっている。つまり偏り度合いは変わらないのに、勝者の顔ぶれは変わっている。
株価の予想は不可能なので、どの銘柄が将来の「偏りの勝者」になるのか分からない。分散しておかないと果実を取りこぼし、株式市場全体に置いて行かれてしまう。エヌビディアに投資し損ねたテック株ファンドを想像してみてほしい。
もうひとつ知っておきたいのは値動きの偏り。株式市場のリターンは正規分布よりもベキ分布に近い。日々のちょっとした上げ下げの蓄積ではなく、急騰や暴落といった短期の極端な値動きがリターンを決める。
ここから分かるのは長期投資を継続する大切さだ。株価は予測不能なので、いつ「偏り」が発生するかは分からない。特に急騰局面を逃すとリターンは大きく損なわれる。「雷が光る瞬間」にマーケットに居ないと株式投資の恩恵は受けられないのだ。
ベキ分布と投資や経済の関係は私のnote「投資のススメ ピケティの向こう側」に簡潔にまとめてある。ご興味があればご一読を。

