コーヒーが1袋売れるたび
水不足の地域に水を寄附
影響力は、うまく使えばお互いの共通の利益を推進するのに役立つ。この場合の影響力は、別のEQ能力である「鼓舞激励」の色合いを帯びる。
伝説的な靴会社トムス(TOMS)には、「トム」という名の創業者はいない。長年のCEOであるブレイク・マイコスキーが創業したトムスは、同社の有名な理念「1足売れるたびに1足贈る」を表す、「明日のための靴(TOMorrow’s Shoes)」の略語である。同社は靴が1足売れるたびに、貧困地域の人に靴を1足贈っている。
だが、会社の目的に大きな情熱を感じていたはずのマイコスキーは、いつしか関心と熱意を失ってしまった(注6)。彼は長期休暇を取り、なぜそんな気持ちになってしまったのかを考えた。そして、TOMSが値引きなどの販促手法によって事業拡大と成長をめざすうちに、ほかの靴メーカーと変わらなくなってしまったことに気がついた。野心的な売上目標を達成しようとするあまり、会社は魂を失ってしまったのだ。
彼は組織の本来の「目的」に再び集中しようと誓った。コーヒー事業に参入して、コーヒーが1袋売れるたびに、水不足の地域に1週間分の飲料水を寄付し始めた。またハンドバッグの販売を通して、乳児死亡率が高い地域の女性が安全に出産できるよう支援し、バックパックの売上から、いじめを減らすためのプログラムに資金を提供している。

ビジネスは「人々の暮らしをよりよくする」ために利用できるのだと、マイコスキーは言う。
鼓舞激励に長けたリーダーは、共通の使命を打ち出して部下を駆り立て、目的を達成する。部下の日常業務に意味と目的意識を与え、ただ目標をクリアするだけでなく、自分の最高の側面を引き出せるよう、部下を奮い立たせる(注7)。
ある職場調査によれば、共通の使命やビジョンを打ち出して部下の心を動かすリーダーは、非常にポジティブな雰囲気を生み出すことができ、部下はそうした空気の中で、自分の仕事に意味とやりがいを感じるという(注8)。深い満足と誇りを持ち、最善の努力を尽くそうとする。
注7 Key Step Media, Building Blocks of Emotional Intelligence, Inspirational Leadership: APrimer (Florence, MA: More Than Sound, 2017), 5.
注8 Daniel Goleman, “Leadership That Gets Results,” Harvard Business Review,MarchーApril 2000.