ナイキ研究者がスニーカーの「有毒な接着剤」廃止を求めて相談した意外な人物とは?写真はイメージです Photo:PIXTA

自社のスニーカーから毒性物質を取り除きたい。そう決意したナイキの研究者が働きかけたのは、経営幹部や上司ではなく、デザイナーたちだった。また、イギリスとの独立戦争に臨んだアメリカ建国の父、ベンジャミン・フランクリンは、援助を求めてフランスに渡ったとき、足繁く通った先は上流階級の御婦人方だった。これらのエピソードから見える、人々に影響を与え動かし、自分の目的を達成するための技術とは。※本稿は、ダニエル・ゴールマン著、ケアリー・チャーニス著、櫻井祐子訳『ゾーンに入る EQが導く最高パフォーマンス』(日本経済新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

ナイキのスニーカーの
接着剤が「再発明」されるまで

 ダーシー・ウィンズロウは、巨大スポーツ用品メーカーのナイキで先端研究部門の責任者を務めていた。ある時彼女は、自社製スニーカーに使われる原料の毒性調査を分析して、多くの毒性物質が含まれていることを知った。そしてこの結果に危機感を抱き、毒性物質を使わずにスニーカーをつくる方法を見つけようと決意した。

 ところが、これだけ明らかなデータが存在するというのに、変化を起こそうとする人は社内に誰もいなかった。改善の余地があることはみんな認めていたが、そのための取り組みは行われていなかった。

 ダーシーは、「スニーカーの原料に関して、社内で最も大きな発言権を持っているのは誰だろう?」と考えた。それは、スニーカーのデザイナーだ。そこで社内のデザイナーを片っ端から訪ねて、毒性データを見てもらった。多くのデザイナーと話すうちに、この問題を真剣に受け止めてくれる人が20人ほど見つかった。

 最も毒性の強い原料の一部は、スニーカーの上部と底部をつなぎ合わせる接着剤に含まれていた。デザイナーたちは、上部と底部を接着する方法を「再発明」するという、かつてない課題に想像力を掻き立てられ、意欲的に取り組んだ。

 こうして生まれたのが、毒性物質を使わない、新しいスニーカー用接着剤だ。今日ナイキは、すべての製品について「毒性ゼロ」の目標を掲げている。

 この物語を語るMIT(編集部注/マサチューセッツ工科大学)のシステム思考家ピーター・センゲによれば、ダーシーが発揮したような影響力は「相手の話をしっかり聞き、相手の文化に敬意を払い、機会を的確にとらえる人々が自然に持つようになる」ものだという(注1)。そうした人々は、問題に後手後手に対応する代わりに創造的に考え、「自分たちの影響を広める手助けをしてくれる、“クリティカルマス”[変革を引き起こすために必要な一定数]の協力者を集める」とセンゲは指摘する。

 またセンゲによれば、そうした変革者は必ずしも高い地位にいる必要はない。ダーシー・ウィンズロウのように、どんな地位にある人でも変革を開始することはできるのだ。

注1 Peter Senge, in Key Step Media, Building Blocks of Emotional Intelligence, Influence:A Primer (Florence, MA: More Than Sound, 2017), 38.