
三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第174回は「麻雀の必勝法」から仕事や人生の最適戦略を学ぶ。
麻雀は人生の縮図
時価総額争奪ゲームでリードを広げる藤田慎司は、最善の選択のはずのキーエンスを取り逃がす。相手が守りに入った気配を感じ取った主人公・財前孝史は、攻めの手を連発して勝負の「流れ」を一気に自分の側に手繰り寄せる。
「麻雀は自分が上がるゲームではなく、相手をおろすゲームだ」
福本伸行の漫画『アカギ』に、そんな趣旨のセリフが出てくる。小学2年生でデビューした年季の入った雀士として、きわめて的確な金言だと思う。麻雀は人生の縮図であり、この発想はいろいろと応用が利く。
麻雀には勝負を左右する「流れ」がある。
「そんなものは存在しない」と考える人もいるようだが、感情を持った人間がプレーする限り、確率論や合理性を超えた力学が働くのは避けられず、それを人は「流れ」と呼ぶのだろうと私は解釈している。そして「相手をおろすゲーム」というフレーズには、そのエッセンスが詰まっている。
『インベスターZ』の作中、守りに入った慎司の小さなミスは、財前の反転攻勢の糸口となる。慎司が最善手を重ね、財前を戦意喪失にまで追い込めば、流れを相手に渡すことはなかっただろう。
麻雀のようなトレードオフの連続のゲームでは、リスクとリターンを天秤にかけ、常に的確な判断を下すことが求められる。運の偏りが小さい時には「判断の天秤」が狂った方が劣勢に追い込まれる。
麻雀でもっとも難しいこと

判断がもっとも難しく、ミスが致命傷となり得るのが勝負どころの見極めだ。特に「おりる」が難しい。無謀な攻めは致命傷となるが、攻めるべきときに攻めなければ勝ち目はない。裏返すと、「相手をおろす」は攻守両面で優位に立てる最高の戦略となる。
相手の戦意をくじく最善策は、苦手意識や恐怖心を植え付けること。いったん「この人には勝てない」と思わせれば、勝負を始める前から主導権を握れる。だが、これは実力にかなりの差がないと難しい。
次善の策として私が心掛けているのは、対戦相手に情報を与えないことだ。
プレーのペースや表情を極力変えず、相手に「何をやっているのか分からない」という印象を与える。情報不足で「判断の天秤」が精度を欠けば、警戒しすぎたり、攻めの気配を見逃したり、相手の歯車を狂わせるチャンスが増える。
この戦略は、ゲームを有利に運べるだけでなく、メタレベルの意識を持つことでゲームの質を上げる効用もある。ツキに見放されて悪い手が続くと、どうしても気分が腐って雑なプレーに走ってしまうものだ。そんな気配が滲めば、相手がカサにかかってきて、さらに戦況は不利に傾く。
そんな時こそ「相手をおろすゲーム」という本質に目を向ける。自分の手が悪くても、相手に「良い手が入っている」と虚像を見せる余地はあるものだ。
ツキが無くても相手に一矢報いる機会を探り、好機を待つ。短期の運不運を超えたメタレベルのゲームに取り組んでいると意識すれば、常に勝負を楽しむ余裕が生まれる。「自分があがるゲーム」は運任せの色が濃く、「相手をおろすゲーム」は戦略の幅が広い。
麻雀に限らず、実社会の交渉でも、ツキの有無に惑わされず、常に最善手を模索することが相手にプレッシャーをかけ、事を有利に運ぶカギとなる。「相手をおろす」という発想は人生のいろいろな場面で生きてくるはずだ。

