そう語った武をはじめとするマルニの社員たちは、シリコンバレーから遠く離れた広島にいても、Apple ParkにHIROSHIMAが納入される実感を、ついに掴むことができたのだった。
喜び以上に慌てふためいた
想像を超える「ビッグオーダー」
2015年、ジョナサン・アイブが登場した『FINANCIALTIMES』がアメリカで発売されていたころ、神田は、Apple Park設計会社のフォスター・アンド・パートナーズより問い合わせを受けていた。神田が再びロンドンへ出向き、商談を行った。
「HIROSHIMAが新社屋に置かれる家具として最終候補になっている、と言われたんです。2014年4月にアメリカへ向けて数百脚のHIROSHIMAを送ってからおよそ1年、本決まりが近いかもしれない、と心が逸りました」
そして、2015年の秋になると、アーキテクチュラから「サンフランシスコのある人物と一緒にマルニ木工の湯来工場を訪問したい」という連絡が入る。
9月、工場に姿を現した訪問者を、案内したのは山中洋と神田だ。シリコンバレーからやって来たその訪問者は、木の匂いが立ち込める工場でHIROSHIMAの製造過程を丁寧に見て歩いた。
背もたれと肘置き、座面を手で磨き上げる手作業の工程に感嘆の声を上げながら、長い時間をかけて職人技を目に焼き付けていた。
洋はこの時、HIROSHIMAを発注するという一言を聞いていた。
「HIROSHIMA1脚の値段や製造から納期までの時間などを聞かれた後、西海岸の明るいイントネーションで『あとでビッグオーダーするから待っていてくれ』と言われたんですよ。本当に注文してくれるんだなと唖然としたと同時に、ビッグオーダーって、何脚くらいのことなんだろう、と頭の中でぐるぐると考えていました」
Appleはついに、マルニ木工のHIROSHIMAをApple Parkの主要な椅子として採用することを決めた。
神田がアーキテクチュラより数千脚の注文を受け、それを社長の山中武に伝えた。武はその数の多さに、喜び以上に慌てふためくことになる。
「なんという数なんだと、最初は途方に暮れました。その前年の2014年、オーストラリアの法律事務所から500脚の注文を受けたのが最多だったのですが、その何倍もの数です。成約の喜びよりもまず、『うちの工場でこんなにたくさん作れるのか』という心配が先でしたね。
とにかく量産の体制を整えなければならない。500脚納品の時も機械を増やしましたが、Appleのために製造ラインを2倍にすることにしたんです」