Appleは、具体的な発注の数を公表していない。マルニ木工もそのルールに則り実数を公にすることはないが、この時の発注は、まさに言葉を失うほどの驚きだった。
Appleのオーダーから得た
「生産性向上」という糧
武は、Appleへの納入を目指した日々を今も糧としている、と話す。
「1年後に納品を完了するという約束も果たすことができました。設備投資や木材の調達、人員の増員など、慌ただしい時期でしたが、むしろ盤石な体制を作ることができました。現在、HIROSHIMAは、平均月産600脚程度作っています。
当初はApple Japanからの数百脚のオーダーにオロオロしていたのですが、今なら1000単位のオーダーにも驚きません。量産がもたらしたことのひとつは、職人たちの仕事のさらなる精度の向上です。

職人1人ひとりが『もう手が覚えてます』という世界です。生産当初は曲線ゲージを当てて仕上がりの寸法を測っていたけれど、今はもうそれも必要ありません。
彼らの技術は本当にすごいです。機械の生産性が上がっても50パーセント増ですが、人間の生産性が上がったら300パーセントぐらいいきますからね。
背もたれや肘掛けを手作業で磨ける職人は最初は1人でしたが、今は3人います。この世界で3人の技が、『触りたくなる椅子』を仕上げているんです」