猪木さんが亡くなる前、闘病中でもずっとユーチューブ配信をしていたのもプロレスラーの生き様を見せてくれていたんだと思うよ。

 猪木さんに付いていた人に話を聞くと、配信が始まるまではぐったりしていても、カメラを向けられた瞬間シャキッとして、「元気ですか──ッ!」と精一杯の声で叫んでいたらしい。プロレスラーってそういうものなんだよ。リングに上がったり、お客さんの目があると、スーパーマンになれるんだ。

俺と猪木さんで
“いい勝負”だったもの

 マサ斎藤さんが晩年、パーキンソン病で車イス生活になった状態で試合会場に行って、リング上で海賊男に扮した武藤敬司に襲われた時、自分ひとりで立ち上がって、武藤をチョップで倒してストンピングまでやったんだよ。

 本来、ひとりで立ち上がることなんかできないはずなのに、リングに上がって観客に応援されたら闘えるんだよ。みんな「不思議だ。あんな動きができるはずがない」と言ってたらしいけれど、リング上で不可能を可能にするのがプロレスラーなんだよ。

 猪木さんも死ぬまでプロレスラーの生き様を見せてくれた。スーパースターっていうのは大変で、人の目があるところではずっと“アントニオ猪木”でいなければいけなかった。

書影『猪木のためなら死ねる!2「闘魂イズム」受け継ぎし者への鎮魂歌』『猪木のためなら死ねる!2「闘魂イズム」受け継ぎし者への鎮魂歌』(宝島社)
藤原喜明、前田日明、鈴木みのる 著

 それはアミロイドーシスの闘病中でも一緒なんだ。でも、たまに“猪木寛至”に戻りたかったんじゃないかと思う。だから気をつかわなくていい俺に電話をして、「おい、六本木まで来いよ」と誘ってくれたんだ。

 猪木さんはよく、親しい人に俺を紹介する時、「こいつは若い頃、付き人としていつも風呂場で背中を流してくれてね。毎日、俺のチンコを見ていたんだ」という笑い話をしていた。そこで「俺のチンコを見て、どう思った?」と聞かれて、普通の答えじゃつまらないから「“勝ったー!”と思いました」って答えると、猪木さんが「この野郎……」みたいな顔をする。

 そんなやりとりをしていたことは前作でも話したけど、どっちのチンコが勝っていたかといえば、いい勝負だったよ(笑)。負けたとはいいたくないけど、もう確かめることはできないからな。ついに猪木さんに勝つことはできなかった。一生、何ひとつあの人は超えられない、俺の永遠の師匠なんだ。