前田日明
「いつまで現役を続けるんですか?」→75歳現役レスラー・藤原喜明の答えにぐうの音も出ない…
がんを克服し、75歳の今なおリングに立ち続けるプロレスラー・藤原喜明。アントニオ猪木の愛弟子だった藤原は、「俺が観てきた猪木さんの最高の試合はアリ戦。間違いなく、生きるか死ぬかの闘いだった」と断言する。今なお語り継がれる、ボクシング世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリVS.猪木の「格闘技世界一決定戦」。その裏話とは。※本稿は、藤原喜明・前田日明・鈴木みのる著『猪木のためなら死ねる!2「闘魂イズム」受け継ぎし者への鎮魂歌』(宝島社)の一部を抜粋・編集したものです。

アントニオ猪木はなぜ「プロレスの技術書」を書かなかったのか?愛弟子・藤原喜明が明かしたワケに納得感しかない…
75歳にして現役のレスラー・藤原喜明は1972年に新日本プロレスに入門し、2年後にはアントニオ猪木の付き人に任命される。その後、ブラジルからイワン・ゴメスが来日して新日本に入門。猪木に「花を持たせてやれ」と言われたとおり、藤原は試合でわざと負けてやったという。ところが試合後、猪木から思わぬ言葉を浴びせられる――。※本稿は、藤原喜明・前田日明・鈴木みのる著『猪木のためなら死ねる!2「闘魂イズム」受け継ぎし者への鎮魂歌』(宝島社)の一部を抜粋・編集したものです。

「ぶっ飛んでる…」泥酔レスラーが大乱闘で旅館を破壊、その時アントニオ猪木が放った“伝説のひと言”
アントニオ猪木が最も信頼した弟子・藤原喜明は、1972年に新日本プロレスに入門し、そこでドン荒川と出会う。ストロングスタイルを標榜していた昭和の新日本で、ただひとり「ひょうきんプロレス」をやっていた荒川は、怪力なれどスタミナがなく、リングで最強だったのは最初の2分間だけ。しかし酒の席では、命がけのパフォーマンスで周りの度肝を抜いた。酒席でも張り合うレスラーたちが起こした「旅館破壊事件」と、猪木の“武勇伝”を藤原が明かす――。※本稿は、藤原喜明・前田日明・鈴木みのる著『猪木のためなら死ねる!2「闘魂イズム」受け継ぎし者への鎮魂歌』(宝島社)の一部を抜粋・編集したものです。
