地方部の高齢化や人口減少が顕著になる中、
本稿では、
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次世代交通システムLRTで地域住民の住みやすさを実現
栃木県の県庁所在地で、人口51万人余りを抱える中核市の宇都宮市。これまで市内の交通は自家用車とバスが主体で、工業団地が立ち並ぶ市の東部は渋滞が慢性化していた。しかし、鉄道や地下鉄などは建設費が膨大になるため、中小規模の地方自治体にとっては負担が大きい。そこで宇都宮市は、主にヨーロッパで多く導入されているLRT(light rail transit)というシステムに着目した。
LRTとは、鉄道やバス、自動車など、さまざまな交通手段と連携する次世代の交通システムで、特に低床式車両(LRV)の路面電車が知られている。LRTは従来の路面電車と異なり、デザイン性に優れ、騒音や振動も少なく、環境にやさしい公共交通システムだ。宇都宮市は、新幹線の駅や商業地、工業団地など人が集まりやすい拠点をLRTで結び、コンパクトなまちづくりを目指す「ネットワーク型コンパクトシティ」という構想の実現を目指した。

建設部 部長 矢野公久 氏
1988年入庁、下水道部工事課工事第1係技師から、企画部地域政策室(栃木県派遣)主任、総合政策部交通政策課(栃木県派遣・新交通関係)主任、同課交通計画グループ総括主査を経て、2006年同部LRT導入推進室企画グループ総括主査に就任。同部交通政策課新交通システム推進室で企画グループ係長を務めたのち、2015年建設部LRT整備室 室長。同部次長、同部参事(LRT担当)を経て、2023年より現職。
ライトライン計画の責任者を務める宇都宮市建設部の矢野公久部長は、「宇都宮市は名物の餃子などがテレビ番組などで話題になるものの、一般的な知名度はまだ低い」ことが宇都宮市の課題だと分析する。LRTを開通することにより交通渋滞の解消だけでなく、まちづくりに活気をもたらす効果や人口増加の取り組みとしての移住定住につながることも期待し、宇都宮市と隣接する芳賀町と連携したLRT「ライトライン」の整備計画が1990年代から始まった。
しかし、LRT導入には多くの困難が待ち受けていた。軌道法や都市計画法の取得のため協議は約450回以上に及び、さらにルートの選定、用地取得も幾度となく計画変更を迫られた。
特に困難を極めたのが地域住民の理解を得ることだった。沿線近隣の小学校からは、交差点でLRTと自動車の交通事故が起きた時の影響や、振動や騒音などの児童への影響を懸念して、反対運動に近い声が上がった。市民からは否定的な意見も多く、理解を得るために平日休日夜間を問わず説明の場を設け、対応を行った。
事業全体の説明会は延べ回数で900回、参加人数は約5万人に上った。「反対意見に対し、どのような不安があり、どういう面が心配なのか、膝を交えてしっかり話し合い、反対する人々の要望、希望にどこまで応えられるか、歩み寄りができるのかなどを検討し、粘り強く話し合いの場を繰り返し設けました」と、矢野氏は振り返る。
ある時、ライトラインに追い風となるターニングポイントが訪れる。開業を2年後に控えた2021年、ライトラインの1号車車両が初めて宇都宮市に来たのだ。実物を目にした市民から、この電車に乗りたい、早く開通させてほしいといった声が一気に高まり、納入後の見学会は申し込み倍率が7.1倍となった。こうして市民の期待が高まり、2023年8月26日、構想から30年にしてついにライトラインが開通した。

LRTの導入効果は予想以上のものだった。建設時にLRTに不安を持っていた沿線にある小学校ではライトラインでの通学を認める特入制度を設けたところ、生徒数が増え、複式学級の解消につながった。宇都宮市全体の人口は減っているものの、ライトラインの沿線地域は人口増となり、宇都宮市で20年ぶりに小学校を新設。沿線沿いの地価は上昇し、通勤・通学に利用する地元住民だけではなく、ライトラインを観光目的に多くの人が訪れるようになった。2025年4月には利用者数が800万人を突破し、需要予測を大幅に上回る乗降数を記録。いまでは宇都宮市のシンボルになっている。
ライトラインの誕生により、多くのメリットが生まれた宇都宮市。矢野氏は、「交通渋滞の解消だけではなく、町に活気を生み出し、子どもがいる世帯の増加や、地価の上昇など数値的にも見える結果へとつながった」と語る。いまもなおクルマ社会中心の地方にとって、公共交通で地域住民の住みやすさを実現した宇都宮市の取り組みは、次世代モビリティと地方創生の相乗効果をもたらした好事例となったといえる。