刑に処せられる永友寛治については、充分に理解しているつもりだ。5日前、法務省より指揮書が送られてきた時から、永友本人や事件の内容に関して、いろいろと確認してきた。永友は、実に残虐な手段で人を殺めていた。彼に、同情の余地はまったくない。公判中も、反省するどころか、検察官や裁判官に対して、罵声を浴びせることもあったようだ。

僧侶の説法も遺書も拒否
その彼に死刑執行を告げる

 永友は、けさ執行を言い渡されて以来、精神状態が極めて不安定であるらしい。

「いつまた暴れだすか分かりませんので、執行時間を早めさせていただきます」

 拘置所からのそんな連絡を受け、八重垣は、急いで駆けつけたのだった。車を断り、検察事務官の只野とともに速足で来た。

 拘置所の幹部職員と挨拶を交わしたあと、八重垣と只野が足を運んだのは、「前室」という部屋である。壁に、金色の仏像が飾られてあった。部屋の中央にあるテーブルの上には、お茶が入ったペットボトル、それに和菓子や果物が用意されている。その横に置かれていたのは、遺書を認める便箋と筆記用具だった。

 八重垣が、そうした品々に目をやっている時だった。やにわに部屋のドアが開き、永友が入ってきた。4、5人の刑務官に引きずられるようにして、テーブルのところまで連れて来られる。本来ならここで、僧侶による最後の説法が施される予定だった。だが、永友がそれを拒否したという。遺書も書かないらしい。八重垣の横に並んで立っていた所長が、早口で人定質問をし、続けて、死刑の執行を告げる。

「あなたへの執行命令がきましたので、今から刑の執行をします」

 その言葉のあと、刑務官たちの動きが一気に慌ただしくなる。永友は、無理やりトイレに連れて行かれたようだ。

 それから八重垣と只野は、所長に案内され、この立ち会い室に場所を移したのである。

 折りたたみ椅子が並べられていた。八重垣は、促されるまま、右から3番目の椅子に腰かける。それを待っていたかのように、所長たちも椅子に座った。

今際の際の死刑囚が
刑務官に話しかける

 八重垣は今、正面の執行部屋に、じっと目を注いでいる。

 突如、青いカーテンが開いた。奥の前室から、執行部屋に永友が連れ出されてくる。手は、後ろで手錠をかけられ、固定されているのだろう。肩を激しく揺すり、そこから逃れようとしているように見える。それでも4人の刑務官によって、半分抱えられるようにして、赤枠の中心まで運ばれる。今度は足をばたつかせて、必死の抵抗を試みる。