医務課長が、だらりと垂れる永友の手を取った。左手首を握って、脈を測る。それが終わると、胸をはだけさせ、聴診器を心臓部分に当てた。

 次に医務課長は、背伸びをしたうえで、さらに手を伸ばし、永友の目を覆っていたアイマスクを外す。思ったより安らかな顔をしていた。まだ生きているようなその目に、ライトが照らされる。

 医務課長が、深く息を吐いてから、立ち会い室のほうに目を向けた。そして、「終わりました」とひと言、低く抑えた声で言った。

 庶務課長のほうは、声を張り上げる。

「午前9時36分18秒、刑終了。所要時間、14分21秒」

死を遂げた死刑囚に
手を合わせる警備隊員

 亡骸となった永友である。すぐにでも、その遺体を横にしてあげたい。そして、早く首縄を解いてやりたい。誰もがそう思う。しかし、しばらくは、それができない。ミーティングでも確認したことだが、刑事収容施設法の条文に、こう書かれているのだ。

〈死刑を執行するときは、絞首された者の死亡を確認してから五分を経過した後に絞縄を解くものとする〉

 刑場内に、しじまの時間が流れる。

 皆、厳粛な面持ちだ。永友に向かって手を合わせ続ける警備隊員もいた。

『出獄記』書影『出獄記』(山本譲司、ポプラ社)

 寺園はこの時間、いつものことだが、心を無にするよう努めている。

「5分経過」

 警備隊のリーダーが、そう告げた。警備隊員たちが、いっせいに動きだす。

 2人の警備隊員が、遺体に手をかけた。彼らは、少しずつロープを緩め、その屍と化した永友を下に降ろしていく。

 2人がかりで、遺体を横たえた。