まわりを囲む刑務官たちが、恐ろしい形相で永友の動きを抑えにかかる。永友本人は、目をアイマスクで覆われているので、その表情はうかがえない。
刑務官も大変だと思う。突然の執行役で戸惑いもあるのだろう、ぎこちない動きをしている刑務官もいる。それは、20代前半くらいに見える若い刑務官だった。
ベテラン刑務官が、素早く両足を縛り上げ、同時にもう1人が、永友に首縄をかける。
八重垣の手が、無意識のうちに、自分のネクタイの結び目に伸びていた。
読経の声が一段と大きくなった。刑場内の空気が張り詰める。観念したように、永友の動きが止まった。よく見れば、口元だけが動いている。若い刑務官に、何か話しかけているようだ。
視線を階下にやると、人の姿が目に入った。白衣姿の刑務官だ。永友が落下するであろう場所に歩み寄っている。
踏み板が開く大音響とともに
死刑囚の姿が消えた
八重垣の耳に、唾を呑み込む自分の喉の音が聞こえた。心臓の鼓動も、音になって聞こえてきそうだった。
処遇首席が、さっと右手を上げた。
何か空気が抜ける音がする。直後、踏み板が開く大音響がした。雷鳴のように、身を揺るがす音だ。
執行部屋には、もう永友の姿はない。階下に目を移すと、左右に揺れ動く宙吊りの人間がいた。白衣の刑務官が駆け寄り、その体に抱きつく。上の階の執行部屋では、あの若い刑務官が、両手でロープを握り締めて、揺れを防いでいた。
大きな揺れは止まったが、永友の体は、痙攣している。足は爪先立ちで歩くがごとく、小さく前後運動を繰り返す。
目を背けたい光景だった。
それでも八重垣は、なんとか堪え、正面階下の様子を見続ける。
時間の経過とともに、永友の体の動きが小さくなっていく。
痙攣も治まったようだ。
白衣の刑務官が、宙吊りの体の右腕をつかむ。そして手首に指を当て、脈をとり始めた。
いま執行された元死刑囚は
4年前に食道癌をわずらった
脈を測る寺園清之の脳裏に、あの日のことが蘇っていた。
4年前に永友は、喉の痛みを訴えてきた。名古屋市内の民間病院で検査したところ、食道癌であることが分かる。当時の所長は、「今後、病状が悪化した時に、対症療法や緩和ケアを実施すればいい」との判断を下す。癌による病死も仕方ないという考えだった。