インベスターZ『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第184回は、改めて「FIRE」ブームに警鐘を鳴らす。

「FIREには無理がある」

 桂蔭学園女子投資部の久保田さくらは、投資を始めたのをきっかけとして自己肯定感が高まったと振り返る。外見も華やかになったさくらを囲み、部員たちは「投資は女性を明るく美しくする」と語り合う。

 投資で女性が美しくなるかは定かではないが、久保田親子の内面に大きな変化が起きたのは確かだろう。投資の成功を語り合う町田姉妹も含めて、登場人物たちに共通するのは自信にあふれる表情だ。

 私は彼女たちの変化の根っこにあるのは経済的自立(Financial Independence)を手に入れたことだと思う。

 早期リタイア(Retire Early)と組み合わせた「FIRE」の文脈では、経済的自立は「労働所得に頼らずに生活が賄える富を築く」という意味を持つ。しかし、以前この連載で指摘したように、私はFIREというライフスタイルに懐疑的だ。少なくとも万人が目標とするのは無理がある。

 そもそも、「自立」とはFIREのような狭い概念ではないはずだ。働き方や貯蓄、投資、借金など、お金に絡む人生の選択に自己決定権を持ち、自分自身で方針や手段を決められる。そんな状態にあるのなら、それは十分に経済的自立という言葉に値する。

経済的自由への「はじめの一歩」

漫画インベスターZ 21巻P117『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 人生にはお金はつきものなのに、日本では金銭忌避の価値観と「ややこしくて面倒くさそう」という先入観から、自立した大人に求められるはずの金融リテラシーを身につけていない人が少なくない。

 だからこそ、自分に自信を持てなかったという久保田さくらは、投資に取り組んでいることを個性だと認識できる。「投資をしている」が差別化になっている。

 敬遠されがちだが、その気になれば、金融リテラシーの習得はさほど難しいことではない。経済や投資、マーケットが簡単だというつもりはない。むしろ、誰にも正解が出せないほど複雑で入り組んだ世界だ。

 だからこそ、専門家でもない普通の人がやれることは限られている。たとえば投資なら「長期・分散・積立」といったシンプルな鉄則がある。マネープランや資産形成について自己決定権を持てるレベルのリテラシーは、一歩を踏み出す勇気と少しの努力があれば手が届く。

 その「はじめの一歩」の持つ価値は大きい。市場経済の土台についてモヤモヤを抱えたままでは、何をやるにも視界がはっきりしない。人生の選択肢を検討するうえで、お金というファクターを勘定に入れられるか否かは、まさに「自立」に関わる問題だ。

 私が校長を務める千葉商科大学付属高校では、3年生になると少ないクラスで週1回、多いクラスでは週3回の「金融リテラシー」の授業がある。授業数は前者で10数時間、後者は50時間以上に上る。

 2025年度からは担当教員と協議を重ねて大幅に内容をバージョンアップした。心理的要因が合理的選択の邪魔をする行動経済学まで踏み込むのが特徴だ。

 生徒諸君にとって、高校での学びが経済的自由への「はじめの一歩」になるのを期待している。

漫画インベスターZ 21巻P118『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 21巻P119『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク