三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第30回のテーマは「FIRE」だ。
カツカツ生活を襲うインフレ
主人公・財前孝史は投資部の現物資産を売却してベンチャー投資を始める許可を得た。交渉の場に居合わせた藤田家現当主の孫である美雪は、自身が株式投資をする理由を「本当の自由はお金でしか手に入れられない」からだと語る。
少し下火になった感があるが、相変わらずFIREに引き付けられる人は多いようだ。FIREはFinancial Independence Retire Earlyの頭文字をつないだ言葉で、経済的自立と早期リタイアを指す。
定義は論者によっていろいろあるようだが、投資のリターンだけで生活費を賄える元本を確保したら働くのをやめる、というのが基本的な考え方だ。年4%のリターンを前提とする「4%ルール」を当てはめると、1億円の元本を貯めれば年収は400万円。その範囲で支出をずっと抑えれば元本はキープできるから、もう働いて稼ぐ必要はない、というわけだ。
理屈はわかるし、人生の選択は個人の自由だが、私はFIREの考え方には否定的だ。
まず、マネープランとして危なっかしい。40代でFIREするとして、人生100年時代の今、リタイア後の人生は60年にも及ぶ。そこそこ高いリターンとカツカツの生活費を前提にしたプランがちょっとしたつまずきで簡単に崩れるのは、この2年ほどのインフレを見れば明らかだろう。
「もう一度、稼がねば」となっても、長いブランクがあれば、よほど高いスキルか資格かコネでもない限り、希望するような現役復帰は難しい。引退したつもりだったのに不本意な仕事に戻るのは、精神的にも相当きつい。
FIREは経済的自立なのか?
それ以上に私が気になるのは、FIREを目指すプロセスだ。
よほど稼ぎが良くなければ、早期リタイアのためには若いうちから節約と資産形成重視にならざるを得ないだろう。だが、20代には20代、30代には30代でしか経験できないこと、感じ取れないことがあるはずだ。そうした機会に使うお金まで惜しむのは、本当に豊かな生き方だろうか。
キャリア形成の面でも違和感がある。真の目標を早期リタイアに置けば、仕事は引退資金を稼ぐための手段になってしまう。そんな心持ちは、何らかの形で漏れ出て、同僚や取引相手に伝わるだろう。人生の大事な時期を、自分にとっても周囲にとっても「仮の姿」として過ごすのは、私には幸福なあり方とは思えない。
さらに突き詰めると、「FIREは果たして経済的自立なのか」という疑問がわく。投資のリターンの源泉は、人々や企業が経済活動を通じて生む新たな富だ。FIREとは、元本=ストックは自分自身の物でも、フロー=収入は他人に頼る生き方だ。そのあり方が悪いと言いたいのではない。それは自立と呼べるのか、と問いたい。
自らの稼ぎと投資のリターン、両方をバランス良く磨くことこそ、人生がどう転んでもサバイブできる本当の意味での「経済的自由」ではないだろうか。