三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第64回は、新NISAデビューしたばかりの投資初心者に向けて「暴落時の注意点」を伝える。
逆張りは難しい。でも…
投資部の合宿に参加した最年長OBは、第二次大戦末期の様子を振り返る。初代主将で主人公・財前孝史の曽祖父である龍五郎は、敗戦後の混乱とインフレに備え、保有株を売却して東京都心の土地を買い占める「逆張り」の断行を主張したという。
作中で紹介される「資産家は恐慌時に生まれる」という言葉は逆張りの究極形と言えるだろう。とはいえ、ムードに流されるのが人の性。株価が上がれば楽観的になり、下がれば悲観的になる。相場の流れにあらがう逆張りは信念と忍耐がないと難しいものだ。
せめて心掛けたいのは「暴落時に慌てて売らない」だろう。年初に亡くなった経済コラムニストの大江英樹さんと対談した際、「個人投資家が一番やってはいけないこと」に「相場が急落した時に怖くなって売ってしまうこと」を挙げていた。底値で買うのは難しくても、「売らない」を選択できれば市場のパニックがおさまった後の回復の恩恵にあずかれる。
私自身は以前、当コラムで紹介したように「暴落時用の待機資金」を普通の投資と別枠でキープしている。出動するのは10年に1度、あるか、ないか。具体的には2008年のリーマン・ショックと2020年のコロナ・ショックの急落時に「逆張り」でリスク資産を購入した。
投資額は大した金額ではない。待機させておく機会損失が大きく、運用資産全体に適用するのはおすすめできない。ただ「いつか買うぞ」と構えていれば、暴落は好機に映る。メンタルコントロールのコストと考えれば悪くない。
暴落でも慌てない「下げ相場の心得」
この手法は、リスク・不確実性の研究家ナシーム・ニコラス・タレブ氏の著書からヒントを得た。『まぐれ』『ブラック・スワン』の著者といえば思い当たる方も多いだろう。
ブラック・スワンは「可能性は極めて低いが、現実になれば世界が一変する」という稀な事象を指す。昔は「黒い白鳥」はあり得ないもののたとえだった。その常識がコクチョウの発見で覆ったのが由来だ。金融の用語でいえば「テールリスク」にあたる。
デリバティブ(金融派生商品)のトレーダーだったタレブ氏は自身の投資スタイルについて「滅多なことでは儲からないようにしている」と語っている。順風満帆の時代には利益が出ないが、テールリスクの大嵐が来たら大儲けできる賭けに徹するわけだ。実際、タレブ氏がアドバイザーを務めていたヘッジファンドはリーマン・ショックの最悪期に莫大なリターンをたたき出した。
多くの投資家や市場を出し抜いて「恐慌時の底値買い」で財を成そうとまで考えるのはハードルが高すぎる。だが、年初から続く日本株のラリーもどこかで一度は息切れするだろう。経験者ならよく知るように、今の上昇局面に限らず、短期的な急落や混乱はマーケットにつきものだ。
テールリスクは常に存在するし、「それ」がやってきたときに慌てるのは賢明ではない。新NISA(少額投資非課税制度)でデビューした新しい投資家層はそんな「下げ相場の心得」を頭の隅に入れておいた方が良いだろう。