モノづくり革新、価値づくりを支えるITガバナンス強化と人財育成
大坪 2023年6月に新経営体制が発足しました。それを踏まえた今後のDXロードマップについてお聞かせください。
辻 新体制での経営方針として、「モノづくり革新」と「価値づくり」という大きな二つの柱で世界最先端を狙う、という方針を掲げています。
一つ目の柱、「モノづくり革新」は車の開発から顧客に届けるまでのプロセスを改革するもので、具体的には「トリプルハーフ」という目標を掲げています。生産工程の半減、開発期間の半減、部品点数の半減を達成することで、結果として、商品企画からお客さまへのデリバリーまでの期間を短縮できるとともに、より良い商品をより適宜適切に早く届けることができると考えています。
そのためには、生産の仕組みを一から作り直すというよりも、各工程間のデータ連携をシームレスにする必要があります。従来は部門の壁によって分断されていたデータの流れを、一気通貫でつなげていくことが大切です。まだ道半ばですが、着実に進んでいます。
二つ目の柱は「価値づくり」です。車は経年劣化するハードウエアですが、ソフトウエアやコネクテッドサービスを通じて継続的に価値を提供することで、「購入後も価値が下がらない(減価しない)車」を目指しています。
この二つを支えるのがわれわれの第一の使命で、これに合わせて「IT中期計画2024」という3年計画を策定しました。
大坪 「モノづくり革新」と「価値づくり」をITで支え、その下にはガバナンスと人財育成という3年計画の土台があるというのが大まかな構造なんですね。現在はその2年目に当たるわけですが、どのような段階にありますか。
辻 初めの1年のIT戦略としては、新たな施策をどんどん打ってデジタル化を推進することを中心に行いましたが、2年目以降はセキュリティーをベースにしたガバナンスの強化、特にグローバル展開においては、サプライチェーンも含めたセキュリティーのガバナンス、そして、人財育成が重要だと考えています。
とりわけ、全社員のITリテラシー向上が大きな柱です。従来のように「ITの専門家に頼んでやってもらう」ではもう間に合わない。全社員がデータ分析やAI、あるいはExcelでもいいから、何か一つでもITスキルを武器として持ち、自分の業務を自分で変えられる力を付けてもらおうと。そこで「スマートエンプロイー化」という取り組みを始めました。「ITアカデミー」を設立し、全社的なIT教育を進めています。
大坪 一人では実現できないのがIT改革であり、人財育成、とりわけIT技能のリスキリングは鍵になりますね。ITアカデミーの詳細を教えてください。
辻 ITアカデミーは、オンラインでの教育コンテンツを中心に展開するもので、24年11月に小規模な形でスタートしました。最初に取り組んだのは、マインドセットの形成です。世の中のDXやAIの動向だけでなく、SUBARUの中でどのようなレベルのIT活用が行われているのかを紹介する50分程度の動画を作成しました。高度なAI技術を使ったSUBARUの「アイサイト」のような例から、現場の議事録を要約するような身近な例まで、さまざまなレベルの事例を紹介し、「自分も何かできるのでは」という意識を持ってもらうようにしています。
大坪 動画は各自が見たいときに視聴するのですか、それとも全社で時間を決めて受講するのですか。
辻 基本的なマインドセット動画は、全社員に期間を決めて視聴してもらいました。その後は、4〜5分の短い動画から40分程度の詳しい解説まで、さまざまなレベルのコンテンツを用意し、見たいときに興味に応じて学べるようにしています。
さらに、ネットワークの基礎知識やIDの管理方法など、ITリテラシーの土台となる部分も学べるようにしています。かつてはどの企業にもあった「パソコン教室」のような基礎教育が今は少なくなり、個人が感覚的にツールを使う現在では、もっと良いやり方があるのを知らずに非効率に仕事をしてしまう状況も生まれています。いま一度、標準的な使い方を確認してもらい、そのギャップを埋めたり、今さら聞けないことを聞ける場を設けたりするなど、レベルに応じて全社員のITスキルが向上するようなきめ細かな教育を進めています。全てを強制するのではなく、自分のレベルや興味に合わせて「つまみ食い」できるような形にしているのが特徴です。
大坪 こうしたことは、やはり前職でのご経験も生きているのでしょうね。
辻 そうですね。オンライン教育だけでなく、各事業所を回って「AI・IT展示会」も開催しています。実際の機器に触れる機会や、30分程度のセミナーを朝から晩まで受講できる環境、そして「よろず相談デスク」を設置して、普段は聞きにくい基本的な質問にも答えられるようにしています。ツールだけを提供しても使う人が限られてしまうため、こうした手厚いサポートが必要だと考えています。