10秒の無駄の削減も積もり積もれば大きな成果に
大坪 最初に、「ITと女性の活躍というのがこれからの製造業にとっては非常に重要」だとおっしゃっていましたが、女性ならではの視点から工夫されていることはありますか。
辻 実は、私は「チーフ・癒やし系・お母さん(CIO)」とも呼ばれています(笑)。子育てしながら働いてきた経験からすると、時間はとても貴重で、1分1秒でも、無駄にするのは本当にもったいない。自分も無駄な仕事はしたくないし、他人が無駄な作業をしているのを見るのも嫌なんです。
「なぜこんな無駄な作業をしなければならないのか」という疑問を常に持っていますし、全員が楽になるため、どんな小さなことでも拾い上げるように心掛けています。

辻 裕里 執行役員CIO兼IT戦略本部長
つじ・ゆり●工学部卒業後、日本IBMでSEとしてキャリアをスタート。結婚後、子育てのため地元の製造業に転職し、SAPプロジェクトPM、IT管理部長、総務部長を経て、グループCIOを3年間務める。2019年7月にSUBARUに入社し、情報システム部長として社内システムを統括。22年4月よりサイバーセキュリティ部長を兼務し、23年にはIT戦略本部副本部長に就任。24年4月から現職に就き、全社のIT/DXを推進している。
大坪 23年から取り組まれている「スマートワークDXプロジェクト」では、働き方改革――細かい業務の効率化にも取り組まれていますね。
辻 特定の業務改善のためにシステムを変えるということは、男性も行いますが、「みんな一緒に楽にしてあげたい」という視点は、私自身の「お母さん」的な感性かもしれません。あくまで一般論ですが、女性の声に耳を傾けると、実は全社的な課題が見えてくることも多いです。男性は不満があっても声を上げず我慢するか、自分一人で解決しようとしてしまいがちですが、女性は率直に意見を言ってくれる傾向があります。そういった声を集めると、思いがけず良い改善につながることがあります。
単に大きなシステムを導入するだけでなく、日々の小さなストレスを取り除く取り組みが、結果として大きな効果を生み出しています。そうした視点から生まれたのが「スマートワークDXプロジェクト」です。
大坪 「3Mをなくす」というユニークな活動もその一環ですか。
辻 はい。このプロジェクトでは、社員がストレスを感じるオフィスワークの3M、すなわち「面倒」「マンネリ」「ミスできない」の課題を洗い出し、改善を進めています。会社の中で「嫌だな」と思う仕事を集め、それが複数の人に影響するものから優先的に解決していくアプローチです。
例えば、社内会議の開始時間を5分遅らせるという取り組みでは、13時開始の会議なら13時5分からにする。従来の会議設定では、会議が連続していると移動時間やトイレに行く時間もなく、次の会議に遅れてしまうことがよくありました。このルールを導入したことで、会議と会議の間に少しだけゆとりができ、生産性が向上しました。
大坪 こういうやり方があったのかと膝を打ちました。全ての会社で行うべき画期的なルールですね。
辻 ありがとうございます。最初はIT部門内だけでスタートしましたが、全社アンケートを実施したところ好評だったので、現在では役員会議を含めた全社的なルールになっています。ほかにも、パスワード管理の簡素化など、一つ一つは小さな改善、1人当たりたとえ10秒の改善でも、毎日、そして数万人の社員に関わることなので、全体としての効果は非常に大きいのです。
大坪 近年、生成AIの活用なくして業務は成り立たなくなってきています。AIはどのように導入されていますか。
辻 当社でもいろいろな形で活用が始まっています。例えば、当社は北米での売り上げが約7割を占めるため、日米間のコミュニケーションが頻繁にありますが、全社員が英語に堪能というわけではありません。そこで、翻訳ツールを社内で独自に開発しました。音声翻訳や会議の文字起こしでは、日本語と英語が混在する場合も自動で判別して対応します。内製していますから、当然ライセンス料もかかりません。
大坪 最後に、CIOが果たすべき役割をどのように考えていらっしゃるのかお聞かせください。
辻 私が前職でCIOになったときに、「CIOとはITの社長だ」と言われたことがあります。CIOはITの専門家である前に、経営者的な視点を持たなければならない。社長として会社全体を見たときに、どこにどのような課題があり、それをITというツールでどう解決していくかを考えるべきなんです。SUBARUの場合は、まず足元でIT化が遅れていたのでそこから着手しましたが、会社によってはセキュリティーが最優先課題かもしれませんし、新規ビジネス創出が急務なら、そこに力を入れるべきでしょう。CIOは決して「ITの人」ではなく、社長だと思って仕事をするべきだと思います。
大坪 貴重なお話をありがとうございました。