キャリア自律を支援すればするほどジレンマが生まれる
大学教育だけではなく、企業でも社員の「キャリア自律」や「キャリアオーナーシップ」を支援する動きが活発になっているが、この状況を児美川教授はどう見ているのだろうか。
児美川 企業としては、指示を待つ人よりも、自発的に課題を見つけて解決できる人が欲しいと思うのは当然のこと。その点、キャリア自律の意識を持って主体的に動く社員は、歓迎されるし、活躍もするでしょう。でも、その人は異動を拒否するかもしれないし、自分の目指すキャリアが実現できないと思えば、転職してしまうかもしれません。キャリア自律を後押しすればするほど、会社側の思惑通りに事が進まないジレンマが生まれてしまう。メリットを生かしたいのであれば、デメリットもセットで引き受けなくてはなりませんが、その覚悟があって取り組んでいる企業がどれだけあるのかは疑問です。
キャリア自律の支援は、人も組織も変化していくなかで、どのようにWin-Winの関係を築くかを問うことであり、社員一人ひとりと丁寧にコミュニケーションを取りながら互いの一致点を探るという地道な取り組みが求められるものです。これは人事部だけの課題ではなく、経営陣が、どんな価値観で、どうやって社員に本領を発揮してもらうのかという姿勢を定めるところから始めなければ、一時の流行に終わるでしょう。大きな視点で見ると、キャリア自律が広く受け入れられていくほうが企業社会全体の人の循環は良くなると思います。仕事と能力がミスマッチしている社員を定年まで雇い続ける余力のある企業はそうありませんし、自社を離れていく人がいる一方で、他社から、より適性のある人が来てくれる可能性も高まるわけですから。
そうした一方で、児美川教授は、「従来のやり方にも良い部分はあり、キャリア自律が絶対的な善ではない」とも指摘する。
児美川 本人の希望よりも上司や人事担当者の判断で配置が決まることが一般的ですが、上司や人事担当者の「客観的な視点」が入ることで、本人が思いつかないキャリアパスが開けたり、仕事の幅が広がったりする利点はあります。会社の都合を強引に押しつける方法が通用する時代ではありませんが、キャリア自律を進めることで、失われてしまうものもあります。最後は、個々の企業の判断ですが、従来の方法とキャリア自律の双方をうまく生かしていく選択肢があっても良いと、私は考えています。
それから、「キャリア自律」「キャリアオーナーシップ」という言葉に、やりたいことに向かってバリバリ働くといったような「上昇志向のイメージ」がつきがちなのも気になるところです。例えば、「仕事よりも私生活が大事だから、無理なく働きたい」と考えるのもキャリア自律のひとつの在り方ですし、ライフステージによっても変わります。企業が、社員一人ひとりのキャリア自律を推進しようとするのなら、多種多様なケースへの対応が問われることを念頭に置くべきでしょう。