
多くの企業において、次代の人材確保が大きな経営課題になりつつあるなか、大学院生(修士・博士)や、任期付き研究員であるポストドクター(ポスドク)の存在が注目されている。従来、大学院生――特に理系学生の場合は大手企業が研究室のルートなどで採用を進めてきたが、近年は、むしろ、学部生と同じように幅広い職種で受け入れるケースが増えている。そこで今回は、大学院生に特化したキャリア支援を展開している株式会社アカリクの山田諒さん(代表取締役)に、採用を巡る現状と課題、高度専門人材としての大学院生の魅力、人事担当者と経営層が心がけたいことについて話を聞いた。(ダイヤモンド社 人材開発編集部、撮影/菅沢健治)
大学院生(修士・博士)の採用も“早期化”の傾向
日本では、1990年代から国の研究力を高めるため、大学院重点化政策として大学院が増設され、大学院生(以下、院生)も急増した。ところが、博士号を取得しても就職先がなかったり、正規の教員になれなかったりするケースが続出。任期付きの研究職で働くポスドクが増え、いわゆる「高学歴ワーキングプア」を生み出した。しかし、いまや状況は大きく変わりつつある。文部科学省の調査によれば、修士課程修了者と並び、博士課程修了者の就職割合もここ2年あまりで7割を超えている(*1)。職業別にみても、研究者、医師・歯科医師、大学教員に続いて、製造業や情報処理・通信などの技術者が14%ほどを占めている。
いま、院生の就活状況はどうなっているのだろうか?
*1 文部科学省「令和6年度学校基本調査」によれば、令和6年度における博士課程修了者1万5673名のうち、就職した者は1万967名。そのうち、大学教員になった者が2126名(19.4%)なのに対し、研究者・技術者として就職したのは5122名(46.7%)になっている。
山田 もともと、博士課程修了者は、大学をはじめとした研究機関に研究者で残るケースが多かったのですが、最近は民間企業に関心を持つ人が増えています。
毎年、修士課程修了者の約10%にあたる7000名ほどが博士課程に進学しており、これは博士課程入学者全体の約半数にあたります(*2)。残りの半数はほとんどが社会人なので、修士課程・博士課程を経て初めて就職する院生は毎年7000名ほどといえるでしょう。そのうち、「アカリク(*3)」に新規登録する博士課程の院生は3000名ほど――つまり、修士課程・博士課程を経て初めて就職する院生のうちの多くが、民間企業への就職を意識する状況になっています。
私は、就活関係のさまざまなイベントで博士課程の院生たちと話すのですが、就活への熱量は、年々上がってきていることを実感しています。民間への就職は、修士はもとより、博士人材にとって、ごく普通のルートになっています。
*2 文部科学省科学技術・学術政策局人材政策課「博士後期課程修了者の進路について」(令和5年1月)より
*3 「アカリク」は株式会社アカリクが運営する、大学院生(修士/博士)向けの就活支援サービス。これまでに、17万人以上の大学院生・理系学生の就活をサポートしている。
学部生の就活では、近年、企業との接触や内定取得の早期化、スケジュール全体の長期化などが進んでいるが、院生の場合はどうか?
山田 院生の就活も同じような状況です。修士課程はもちろん、博士課程でも、1年目の6月くらいから動き始めるケースが増えています。特に生物(バイオ)系、農学系の院生に対しては企業側の動きが早い傾向があり、秋までに内定が出たりします。研究がメインである院生にとって、内定の早期化は、内定の取得後に研究に打ち込めるメリットがあります。実際、当社に入社した博士課程修了者の社員は、2年目の夏くらいに当社が内定を出し、それ以降は研究に没頭していたようです。
また、複数の企業から内定をもらうケースも増えています。ただ、当社のデータでは院生がエントリーする社数は10社以下で、学部生に比べると少ない傾向があります。特に、理系学生は自分の研究テーマと近い業種や職種に絞った応募が一般的で、学部生のように、就活を長期間続けるという感じではありません。

山田諒 Ryo YAMADA
株式会社アカリク 代表取締役社長
1988年神奈川県出身。大学卒業後、大手通信系の人材関連会社を経て、ITエンジニアの人材紹介事業に9年以上携わり、中途・新卒問わず、ITエンジニアのキャリア支援に尽力。その後、2021年に株式会社アカリクの代表取締役社長に就任。「知恵の流通の最適化」という、同社のコーポレートミッションのもと、大学院生や研究者のキャリア支援を幅広く展開している。経済産業省・文部科学省「博士人材の民間企業における活躍促進に向けた検討会」の委員も務めている。
院生と並び、近年は、ポスドク(ポストドクター)も民間企業への就職を考えるケースが増えている。ポスドクは任期限定での研究職であり、欧米では正規雇用前のトレーニング期間という位置づけが一般的だが、日本ではそうしたキャリアパスは整備されていない。
文部科学省の「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」によれば、2021年度で1万3000人ほどのポスドクがいて、平均年齢は38歳――ポスドクのなかには、自分の研究テーマにこだわらずに、新たなキャリアを検討する人もいる。
山田 ポスドクの就職では、国内外の研究職の公募情報を提供する「JREC-IN Portal」などが利用されてきました。これは、科学技術振興機構(JST)が運営し、利用は無料。民間企業の情報も多く、現在も多くの研究者・博士学生が使っています。
それに加え、より幅広いキャリアのルートを探すために、「アカリク」に登録するポスドクが増えています。例年3月末の任期満了に向け、12月から1月にかけて、登録者と企業の接触がピークを迎えます。年齢としては30代が中心ですが、40代の方もいます。ポスドクは、院生と並ぶ高度専門人材として、企業側のニーズが広がっているのはたしかです。