学生たちの「長所」を伸ばしていく、埼玉大学の「VSAT」とキャリア支援

学生のキャリア教育と就職支援において、国公立大学は人員や予算が不足しがちである。そうしたなか、独自のアセスメントテストを開発したり、地域のさまざまな企業が参加する産学連携のプログラムを設けたり、と意欲的な取り組みを行っているのが埼玉大学だ。同大学はさいたま市にある埼玉県内唯一の国立大学で、ノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章氏や作家・詩人である池澤夏樹氏の出身大学でもある。そんな埼玉大学のキャリア支援を先頭に立ってリードしている石阪督規教授(キャリアセンター長)に意欲的な取り組みの内容を伺った。(ダイヤモンド社 人材開発編集部、撮影/菅沢健治)

『「長所」をのばし「力」にかえる』という基本コンセプト

 国公立大学が学生に行う就職支援(以下、キャリア教育と就職支援を合わせて「キャリア支援」と表記)は、求人情報の紹介や学内での就活セミナー開催などがメインで、それ以外を就職支援企業に任せるといったケースも少なくない。しかし、埼玉大学(*1)は、2016年に石阪督規教授が着任以降、キャリアセンター(着任当初はキャリアサポート室)を立ち上げ、さまざまなキャリア支援のプログラムを開発・運用している。その内容や実績は、キャリアセンターの職員数や予算の制約を感じさせないほどの充実ぶりだ。

*1 埼玉大学の基本方針は、(1)埼玉大学は知の府としての普遍的な役割を果たす。(2)埼玉大学は現代が抱える課題の解決を図る。(3)埼玉大学は国際社会に貢献する。(ホームページより)

石阪 私自身は三重大学でキャリア支援センター(当時)の立ち上げに関わった経験などもあって、リソースの限られた国立大学であっても、自分たちの力でできるキャリア支援があると考え、いろいろな工夫をして、実践するようにしています。

 埼玉大学に私が着任した当初は、キャリア支援について、特に方針と呼べるようなものがなかったので、まずは、『「長所」をのばし「力」にかえる』(*2)という基本コンセプトを打ち出しました。その後、民間企業と共同で「VSAT(ブイ・サット)」というオリジナルの長所発見テストを開発したり、「VSAT」をベースにしたさまざまなキャリア支援プログラムを導入したりしてきました。現在は、「VSAT」のほか、主に1・2年生向けの「課題解決型プログラム」「課題解決型長期インターンシップ」、就活生向けの「埼大インターンシップ・マッチングサイト」「埼大キャリアTV」「SU Career Buddy講座」などがあります。これらはすべて、私たちキャリアセンターが自ら開発し、運用しているものです。

*2 埼玉大学キャリアセンターは、「学生自らが自身の『長所』を発見し、それらを社会で活躍するための『力』に変え、そして強みとして将来にいかすキャリア形成のプロセスをサポートしています。」(ホームページより)

“学生一人ひとりの「長所」に着目する”という、埼玉大学キャリアセンター独自の視点と姿勢は、すべてのキャリア支援プログラムに共通するコンセプトになっている。単なるメニュー(プログラム)の寄せ集めではなく、相互に連動していることで効果が高まっているようだ。

石阪 三重大学の後、私は私立大学の教員としてもキャリア支援を行いました。多くの私立大学にとって、就職率を上げることは重要な目標であり、私の在籍した大学でも、学生に対する「面倒見の良さ」を特長にしていました。日々の学習・生活指導から保護者への連絡や面談まで、まさに、手とり足とりの対応で、そうした方法でも、キャリア支援の効果があることを実感しました。一方、多くの国立大学は、マンパワー的にも、私立大学と同じような「手とり足とりの対応」ができるわけではありません。

 埼玉大学の学生たちは、就活の始動が遅かったり、何をすればよいのかが分からなかったりするのですが、いざ切羽詰まってくると自分で行う力を持っています。ですから、「学生の“主体性を伸ばすキャリア支援”を徹底していこう。そのための仕組みを作ろう」と考えました。

 ポイントは、学生の意欲をどう高めるか、です。最近の学生は自己肯定感があまり高くなく、就職においても、「人気ランキングの上位企業に入れればいい」と考えがちです。しかし、「それは違う!」と私はいつも言っています。自分の将来について、もっと主体的に考えるべきなのです。そのために、まずは、“自分の「長所」を知ることから始めよう”というメッセージを送り続けています。

学生たちの「長所」を伸ばしていく、埼玉大学の「VSAT」とキャリア支援

石阪督規 Tokunori ISHIZAKA

埼玉大学教授/キャリアセンター長

1970年、東京都町田市出身。広島大学大学院社会科学研究科修了後、三重大学人文学部准教授、キャリア支援センター長(併任)を歴任。その後、東京未来大学モチベーション行動科学部教授を経て、2016年、埼玉大学教授に就く(現職)。専門は地域社会学、地域創生論。まちづくり、コミュニティ再生、若者就業支援などに関わるアドバイザーや講師、審議会・委員会の委員を数多く歴任。若者の自立、移住・定住に向けた取り組みを支援するほか、多くの自治体や地域のまちづくり、地域再生に携わる。また埼玉大学キャリアセンター長として、民間企業(株式会社 Human Science Plow)とともに、長所発見テスト「VSAT」を開発するなど、学生のキャリア支援を積極的に行っている。著書に『農村家族と地域生活』『ニートを救う地域のネットワーク力』がある。

 

石阪 よく、「好きなことを仕事にするとよい」と言う人がいます。たとえば、音楽が好きだから音楽業界、旅行が好きだから旅行業界のように好きなことを仕事にすることで、自分の夢を実現する人もいます。しかし、「好きだから成功する」というケースはそれほど多くありません。むしろ、得意なことを仕事にしたほうがストレスなく頑張ることができて、優れた成果を出しやすいでしょう。また、周りからも評価され、自己肯定感も上がります。就活やキャリア設計においては、「好き・嫌い」を軸にするのではなく、「得意・不得意」を軸にするほうがよいのです。

 また、就職はゴールではなく、スタートです。昨今、早期離職が問題になっていますが、せっかく、会社を選び、入社し、働き始めたのに、「こんなはずじゃなかった」「自分のやりたいことができない」と嘆く新入社員がいます。それをなくすためにも、大学時代に自分の長所や強みを見つけ、その長所や強みを会社選びに活かして、自分のキャリアにつなげていく――極端に言えば、「弱み」はどうでもいい。長所や強みが大切なのです。