
「中沢さんだったらハマるんじゃないか」
と思わせた重要なシーンとは
弱いところも強いところもすべてさらけ出した中沢。演技においても、怒りや悲しみのグラデーションを演じてみせたことで、千尋役を獲得したのだ。
「確かに、1対1の話をしました。本当に弱みも包み隠さず話しましたし、挫折体験も聞かれて、お話したと記憶します。自分を取り繕うことなく、素直に臨んだことを買っていただき、選んでいただけたのかなと思います」
「千尋の役割としては、出征するときに嵩を訪ね、語り合うシーンが重要と思っていた」と倉崎CP。「あのシーンに中沢さんだったらハマるんじゃないかと思いました。実際、そのシーンをやってもらったとき、戦争に対する、複雑な感情を見事に表現してくれました」
その話を聞いて中沢は「嬉しいです」と安堵の表情を見せた。
「千尋の最大の山場なので、僕もすごく力を入れました。見ている方に届けば嬉しいと、本当にそれだけの思いでやりました」
第54回、海軍に入った千尋は出征するにあたり嵩に会いに来る。嵩と本音を語り合うなかではじめて、のぶへの気持ちを嵩に伝えた。
「千尋が望んでいるのは、嵩とのぶさんが一緒になることだと思うんです。小さい頃から兄貴がのぶさんのことを好きであることは見ていて感じていたから、弟心みたいな感じなのかなと」
この回、千尋は「この戦争がなかったら」「この戦争がなかったら」「この戦争がなかったら」「この戦争さえなかったら」と何度も言う。そのときの千尋の心情をどう解釈したか。
「千尋は空気を読んで生きてきた人物だと思うので、自分から志願して海軍に入ります。そうするのが正しい時代だったのでしょう。でもそうやってまわりに気を遣いながら、自分が何を欲しているか語ることのなかった千尋が、最後の最後で兄貴に全てをぶつける。兄貴ならきっと自分の気持ちを受け取ってくれるという思いでした」
戦後80年。嵩のモデルのやなせたかしさんは、戦争で亡くなった弟を思い「あなたの青春とは一体何だったのか」という言葉も発しているという。戦争を体験していない世代の中沢はどんなふうに受け止めるのか。取材会ではそんな質問も出た。
「難しいですね……。独特な時代なので、戦争について、簡単に答えを出せない気がします。先日、祖父母の家に行ったとき、祖父が戦争に行ったときの手帳を見せてもらったんです。祖父は陸軍で、千尋は海軍なので、状況は違いますが。戦争中の写真も何枚かあって、笑っている写真もありました。それが印象に残って……。
僕は戦争を経験していないですし、戦争はしちゃいけないもの、良くないものと教えられてきたので、なんで笑っているのだろうと不思議に思いました。おそらくこの頃の時代背景では戦争に行くことをよしとされていたからなのかもしれませんよね。解釈がとても難しいですが、こうやって考えることが大事なんだろうなと思います。
僕らのような若い世代が『あんぱん』を見て、戦争について考える時間を持つきっかけになればいいなと思いますし、いま、世界で戦争が起きていますから、そういうところに意識を向けるきっかけにもなればいいですね」