「一族を混乱に陥れる」と
長女が非難した理由

 訴訟で長女と長男がいぶかしんだのが、子どもが提訴した動機だった。死後認知は一般的に非嫡出子が相続権の確保を求めて争うケースが多い。

 理事長は莫大な遺産を残した。長女らは女性が誓約書と引き換えの7000万円に加えて、子どもの学費やマンション賃料などで総額2億円超を理事長から得ていたと強調。「それにもかかわらず(一族を)混乱に陥れることを認識しつつ請求している」と非難した。

 2023年2月の家裁判決は、子どもが血縁上の父である理事長に認知を求めることは誓約書によって制限されないと判断した。

 同9月の高裁判決は誓約書の文言を細かく精査。どの項目をみても主体は女性個人で「子どもが認知請求権を放棄する趣旨とは解せない」と結論付けた。最高裁が上告を退け、認知を認める司法判断が確定した。

 死後認知が認められ、子どもは理事長が残した遺産の相続権を得た。何の罪もないのに「隠し子」という不安定な立場を強いられた子どもに非がないのは当然だ。

 ただ、知らない間に混乱の渦中に巻き込まれた長女と長男にも同様に非はない。

 長女は女性を相手取って不貞行為に対する慰謝料など1650万円を求める訴訟も起こした。地裁が認めた賠償額は27万円あまり。控訴せず矛を収めた長女は法廷で述べている。

「認知請求や遺留分が法として存在するのは重々承知している。けれど、本当に守られるべきなのはどちらなんだろう」

遺族年金を争う
戸籍上の妻と内縁の妻

 横浜市に住む女性(75)が妻子のいる会社員の男性と一緒に暮らし始めたのは1977年。結婚生活は破綻しているが妻が離婚に応じないと聞かされ、やむなく男性との内縁関係を受け入れた。

 ふたりの間には後に子どもが生まれ、男性が認知。共同名義で購入したマンションで仲むつまじく暮らしてきた。

 男性の親族や、会社の同僚とも「家族ぐるみ」で交流があった。誰もが女性を男性の「妻」としてみていた。

 男性は2021年1月、外出中に倒れ、そのまま亡くなる。女性は葬儀で喪主を務めた後、「配偶者」として国に遺族年金を求める手続きを取った。