内縁の女性が受給することには、陳述書で「納得できません」と不満をあらわにしたが、「弁護士を頼めるほどの金銭的余裕がない」とする不参加理由に厳しい懐事情が透けて見えた。
総務省によると、65歳以上の単身無職世帯の平均支出は月15万8000円。年金受給などを含めた収入は12万7000円で、毎月3万円ほど不足する計算となる。
平均で月8万円強を受け取れる遺族厚生年金の有無は死活問題といえた。

それより強かったのは感情的な反発だったかもしれない。
妻は夫が亡くなって葬儀が開かれていたことも知らなかった。夫の配偶者として遺族年金を申請したのは、かつて里帰り出産中に夫が家を出て行く原因をつくった当の本人。
近所の住民から「(夫が)布団などを持って女と出て行った」と知らされ、予期せぬ夫の裏切りにがくぜんとしたという。
妻の陳述書や証人尋問によると、夫とは別居後も多いときは週に1度会い、定期的に近況を報告し合っていた。年60万円の養育費を受け取り、親の支援を受けて子どもを育てながら夫の帰りを待ち続けた。
夫とは徐々に疎遠になったが、互いに番号を登録した携帯電話でやりとりは続いた。「常に子の成長を気にかけ母子の安否を気遣ってくれた」と振り返った。
「後悔することがいっぱいある。遺族年金は必ず手続きするように」。
亡くなる2年ほど前、夫から突然電話があったという。夫は当時、がんで余命宣告を受けていた。死が迫る中、身勝手な人生に思うところがあったのだろうか。
過去を清算しないまま自らは世を去り、愛した2人の女性が争った結果、手続きを念押しされていた妻は遺族年金を受け取ることができなかった。
